第3回
第25回新風舎出版賞、最終審査落選作品(笑)
作業を始めて約2時間半、時計が0時を示し、日付が変わると同時にようやく一時間の休憩に入るという指示が出た。どうでもいい話だが、今年の1月1日の年跨ぎの際も、このように何もなかったかのように新年を迎えた。それは、ここの空間だけが世の中と隔離されているかのような感じでもあった。かといって、新しく年を迎えるという事自体、俺には興味のない事なのだが...。
バイト達は0時からの休憩時間の指示が出ると、各々3階の待合室へと移動する。待合室には、いくつかのテーブルと、それに合うだけのパイプ椅子、それに6畳程の畳が敷かれたスペースもあり、そこにはテレビが一台備え付けてあった。そこの畳のスペースには、いつも古株のバイト連中が陣取っていた。どこに席を取っても良いのだが、なんとなく、それぞれのテリトリーは決まっていた。俺の場所も大体決まっていて、バイトに来る際、自分の荷物を置いたその場所に腰を下ろした。
休憩時間は1時までの1時間だが、飯を食う者、連れと雑談する者、テレビを観る者、寝る者と、それぞれ好きな事をして過ごすが、俺は飯は食わず、家から持参した小説を読んで過ごした。小説は、この一時間に限らず、家に居る時も好んで読んでいた。それは自分にとって、唯一『趣味』と呼べる物だったのかもしれない。かといって様々の分類のものを読んでいる訳ではなく、ミステリーにしか興味がなかった。ましてや他の種類のものを読みたいとも思わなかったし、読んだ事もなかった。それを読んでいる間だけは、その世界と自分が溶け込み、この世界を忘れる事が出来る、すなわち安らげる瞬間だった。
周りの連中が席から立ち上がるのが視界に入り、ハッとして部屋の置き時計に顔を向けた。時計の針は『0時57分』を示していた。それを確認すると、自分のバックに小説をしまい、俺は2階へと階段を下りて行った。階段を下りながら、そういえば、待合室に入って部屋の置き時計を見たのはその時が始めてだったと、その時そう思った。
休憩が終わる1時には、特にその事を告げるチャイムなどなく、そして点呼などもない。ただ、各自が1時に作業を再開するという形になっていた。そう、それは俺一人いなくとも、間違いなく何事もなく時が過ぎる事を暗示していた。そして俺は常日頃その環境に疑問を抱いていた。出勤の際の事も当然そうだが、この局内の全てにおいて危機管理がないという事をだ。別にここの郵便局を心配している訳ではない。むしろどうなろうと俺には構わない。ただ、『所詮アルバイトだろう』となめられている様で腹立だしかった。
それからの5時30分までの4時間30分は、苦痛でしかなかった。それは今日に限った事ではない。毎回その苦痛を味わう為にここに来ていると言ってもいいだろう。苦痛と引き換えに金をいただく。それは言い過ぎでもなんでもないような気がした。
5時30分に仕事が終了し、帰宅する際に決まってする事がタイムカードを押す事。自分のタイムカードにズラーと並ぶ同じような数字の列に、無性に腹が立った。このバイトを始めて約一ヶ月経つが、こんな風に思ったのは今日が始めてだった。その答えは自分でも分かっている。その一ヶ月で蓄積されたものが自分の持っている器の量の限度を超えてしまったのだろう。それが今日というこの日。その器から溢れ出た何かが、俺の心の奥底にあるスイッチを押してしまった。きっとその時がそうだったに違いない...
第4回へ続く...




