第28回
第25回新風舎出版賞、最終審査落選作品(笑)
俺は電車内を見渡した。
でも、親父はあれで何が言いたかったのだろう。答えを教えてくれていれば何を伝えたかったのが分かったのに。『俺がもっと大きくなったら分かる』?周りの人が見て見ないフリをしているとしか考えられないじゃないか。
俺はもう一度辺りを見渡した。
いや、待てよ。こうは考えられないだろうか。席を譲らないという考えは、こちらの一方的な考えで、譲らないんじゃなくて譲れないんだとしたらどうだろう。例えば、一見健康そうに見えて、実は足が悪かったり、例えば、その時たまたま腹痛だったとしたら。そうか!そうだよ。答えはそれだったのか!親父が言いたかったのは、一方的な考えだけじゃなく、もう一方の考え方を持てるようになれと言いたかったんだ。親父の『俺がもっと大きくなったら分かる』っていうのは、俺がそんな風な考え方が出来るような大人、すなわち、俺がその答えが分かった時、俺は大人に成長しているっていう事だったんだ!
『そっか、結は優しいな』
頭を撫でられながら、あの時嬉しかったその言葉を頭の中で呟きながら、俺はあの時よりももっと昔の記憶を思い出していた。
ー「おとうさん!セミくんがアリくんにつかまってるよ。たすけてあげなきゃ!」
当時、幼稚園児の俺は、家の庭先で親父に慌ててそう言った。
「あ、結、いいから、そのままにしておいていいだよ」
「なんで?セミくんがこまってるんだよ」
俺は親父の言っている意味が分からず、そう聞き返した。
「うん。でも、セミくんを助けると、今度はアリくんが困るだろ」
「....」
そんな事を考えもしなかった俺は、それを聞いて、とてもショックだったのを覚えている。
「じゃー、ボクがアリくんにおサトウをあげるよ。そうすればセミくんをたすけてもいいよね!」
「...そ、そうだね。結は優しいな。その優しい心を、いつまでも忘れないでくれよ」ー
あの時の事も、そうだったんでしょ?俺は蝉の事だけしか考えていなくて、蟻が困るなんて考えもしなかった。今、分かったよ。親父が俺に伝えたい事は、それだったんだって...。
『その優しい心を、いつまでも忘れないでくれよ』
ごめん、俺忘れかけてたよ。でも分かったんだ、やっと気付いたんだ。もう、忘れないから...。
第29回へ続く...




