第25回
第25回新風舎出版賞、最終審査落選作品(笑)
その大きな木を目印に歩みを進めて行き、とうとう探していた綾坂さんの家の前までやって来た。遠目からでも大木と分かるその木を目の前にすると、なんの木なのかはよく分からなかったが、とても威圧感のある木だった。家の表札には、『綾坂』としっかりとした字体で刻まれており、それを見て、更に緊張感が増した。割と大きな家で、木や石などが並んだ庭もある。そしてその奥に2階立ての家が建てられていた。
とにかく謝ろう。自分の犯した事実を伝えよう。そして誠意を現そう。俺に出来る事はそれしかない。俺はインターホンに右の人差し指を近づけいった。右手が小刻みに震えているのが自分でもよく分かった。その震えを抑えようと、左手を必死に添えると、その左手も右手の震えを伝わって一緒に震え始めた。
違う!俺はもう昔の俺じゃない。変るんだ。俺はもう変わったんだ!!
右手を抑えていた左手を退け、もう一度右手の人差し指を、今度は勢い良くインターホンに近づけた。
「ワンワン!!ワンワン!!」
その背後からの声にビクッとした俺は、その声の先に振り返った。
そこには物凄い形相で俺を吠えまくる一匹の柴犬がいた。よく見ると、その犬には首輪が付けられていない。
「こら、若、お客様じゃろうがー。吠えるのをやめんかー」
そう言ってしゃがみながら犬をなだめるその声の主は、小柄な一人の老人だった。もしかしたらこの人が、『綾坂新吉』さん本人なのではとその時思った。
「すまんのー。この子はいい子なのじゃがのー...わしに何かようかい?」
「あ...」
「ワンワン!!ワンワン!!」
「若!...すまんのー...どうぞ、中に入って下さんか」
「いや、俺は...」
老人は庭先に犬を放すと、俺はその老人に言われるがまま、家の中へと案内された。自分の正体もまだ明かしていないのに、なぜ家にあげられるのか不思議に思った。玄関の鍵を開ける事なく家の中へ入ったので、誰か他に住人がいるのだろうと思ったが、その気配は全くなく、とても静かだった。家の中は純和風で、人の家独特の匂いがした。俺は一つの和室に通され、言われるがままそこの木製のテーブルにある座布団の上に腰を下ろした。
「わしはここに独りで住んでおってな、お客さんが来るととっても嬉しいんじゃよ」
やはりこの人が『綾坂新吉』さんで間違いない。それを聞いて俺は確信した。
綾坂さんは部屋のガラス戸を開け、続いて雨戸も開けた。その瞬間、光が差し込み、部屋の中は明るくなった。部屋の電気は点けられていなかったが、その外の明るさで充分だった。そこからは庭の景色が見え、とてもキレイだった。よく見ると、木などはよく整えられており、綾坂さんの人間性が見えてくるような気がした。
「姫!こんな所にいたのかいなー。お前の起きてる姿は本当に見た事ないのー」
いったい誰に向かって喋っているのだろうと外を覗くと、石段の上に一匹の三毛猫が気持ちよさそうに寝ていた。猫か...。俺は再び座布団の上に腰を下ろした。
「ちょっと待ってて下さらんか」
「...はい」
早く話を切り出さなくては...。
俺は部屋を出る綾坂さんを目で追いながら、そう自分に言い聞かせていた。
第26回へ続く...




