第14回
第25回新風舎出版賞、最終審査落選作品(笑)
目が覚め、目覚まし時計を目をやると、時刻は『9時35分』になっていた。あれから寝るつもりではなかったが、どうやら自然に寝てしまったらしい。
1階へと階段を下り、シャワーを浴びると、トーストだけの軽い食事をとった。 俺が午前中に1階へと下りてくるのは滅多にないのでこの時間帯の家の奴の事は把握していないが、まー、この時間は妹は学校だろうし、居間からテレビの音声が聴こえてきたからそこに母親が居たんだろう。
2階へと階段を上がり、出掛ける身支度した後、再び階段を下り、一直線で玄関に向かった。下駄箱から自分のスニーカーを取り出し、履いていると、「何処かに行くのー?」という母親の声がキッチン辺りから聞こえてきた。それは午前中に起きだしてくるのはおろか、ましてや出掛けようとしている俺を奇妙に思ってのセリフだったのだろう。俺はそれに対して何も反応する事なくスニーカーを履く行為を続けたが、母親は玄関まで寄って来ると再びこう言った。
「何処に行くの?」
そのニュアンスが俺には何か悪い事でもしに行くのではないかというように聞こえ、腹が立った。そして振り返る事なく背を向けたままこう言った。
「いちいち場所を言わなきゃまずいの?」
「そうじゃないけど、ただ...」
言葉を選びきれなかったのか、母親はその後に続く言葉を言わなかった。何か言いたいのならはっきり言えよと、俺はそのまま何も言う事なく家を出た。
玄関の扉を閉め、前を向くと、眩しい光で前を遮られた。時刻は朝の10時30分。今日も朝から25℃を超え、とても暑い。いくらか目が馴れてくると、自転車に乗り込み、ペダルをこぎ始めた。
普段、家にいても何もする事がなく、ましてや何処かに出掛け、特別誰かと会うといった用事もない俺にとって、日中こうして自転車を走らせ、目的の場所まで向かうという行為に違和感を感じていた。
途中、本屋に寄り、住宅地図で詳しい場所を調べると、再び自転車を走らせた。今日は金曜日で、もしかしたら『青山拓巳』という男は仕事で家に居ないのではないかという考えも昨日の段階で脳裏に過っていたが、俺には土、日まで待とうという気持ちにはなれなかった。
やがてそうだと思われる住宅街へと入り、表札の所に住所が書かれている家を見て廻りながら『青山』という姓を探す。ここの町は何度か通った事があり、いくらか土地勘はあった。後は番地を合わせるだけの所まで来ると、俺は自転車を押しながら表札を一軒一軒じっくり見ていった...。『青山』...あった!ここだ。ここに違いない。住所は書かれていなかったものの、『青山』という姓はそんなに多いとは思われない。そこはごく一般的な一軒家で、新築とはいえないものの、比較的きれいな家だった。しかし見つかったはいいものの、俺はそこでためらってしまった。なんと言って話を切り出せばいいのだろうと...。俺は何をするでもなく、自転車のハンドルに手を掛け、悩んだ。そしてそんな意味のない事をしている自分に腹が立ち、勢いだけでインターホンに右手を伸ばすと、突然玄関の扉が開いた。俺は反射的に手を引っ込め、扉からゆっくり出てくる人影を目で追った。
「あの、何か...」
明らかに警戒しているその口調でそう言うのは、30歳代前半の女の人だった。扉を半分開けたまま、ノブに手を掛けこちらの様子を伺っている。
「あの、財布を拾って...」
思いがけない展開に、俺はそう答える事しか出来なかった。
すると突然その女の人の表情は一変したかと思うと、扉を開けっぱなしのままこっちに走り寄って来た。その瞬間、ここの家で間違いない事を確信した。
「それ本当?」
家と道路を隔てた白い柵越しで、女の人は俺の目を真っ直ぐ見つめてそう言った。
「はい」
そう、俺がその言葉を口にしていると同時に女の人の視線が俺の手元に落ちたのが分かった。俺はそれを見て、ズボンの右ポケットを探り、あの黒い財布を取り出した。女の人はそれを見た瞬間、ハッっとし表情になったかと思うと、半ば奪い取るようにして黒い財布を手に取り、眺め、そして中を開けた。
俺は何も言えず、その女の人の手元を見ている事しか出来なかったが、女の人が即座に確認したのは、札や小銭を入れるスペースではなく、カードなどが入ったスペースの所だった。そしてその一番手前に入れてあった運転免許証を見つけると、ゆっくりとそれだけを抜き出した。女の人はそれをまじまじと見つめると、なんとも言えない悲しいそうな表情になった。
「あの、その財布をあそこの土手で見つけて...」
言葉を口にするタイミングが分からず少しためらったが、俺はそう口にした。
すると女の人は視線を運転免許証から上の方に外したかと思うと、今度は一転下の方に視線を外し、女の人の目が潤んでいるようにも見えた。
やっぱりそうだ。俺はその姿を見て全て悟った。
「あの、この青山拓巳という人に会わせてもらえませんか!?」
それを聞いた女の人は一転、驚いた表情になった。
「なんで?なんであなたが主人に会わなければならないの?」
「やられたんだ。俺もあの土手で奴らにめちゃくちゃにされたんだよ!!」
俺のその叫びが、静かな住宅街に響いた...。
第15回へ続く...




