第六話 熾天使
「高城提督。こちらがブラックホール周辺での“霊子ゆらぎ”の観測結果です」
目の前のホログラムには、空間の霊子密度の分布が細かい点によって表現されている。それを時間毎に表示を切り替えていくと、宇宙空間を全長数十キロもある何かが動いているように見えた。
「十分な可視化は出来ていないのですが、こちらの画像だと、何枚もの翼を持った人のような形をしています」
「リリエル、これはまさか・・」
「ええ、これは熾天使様ね」
ブラックホールを取り囲むように設置してある霊子波干渉計に、頻繁に霊子揺らぎが観測されるようになっていたのだ。その揺らぎの大きさや数は日によってまちまちなのだが、日を追ってそれは頻度が高くなっている。
霊子力学の進歩によって、この宇宙は霊子によって満たされていることが判明した。ただし、その密度は非常に小さい。そして、宇宙空間で2カ所だけ、霊子の集中している天体が確認された。それが、地球と射手座A*だ。
さらに、宇宙の質量(重力質量)の多くを占める暗黒物質の正体も、この霊子であることが確認された。
自然界に存在する霊子は、半減期が56億7000万年であることがわかった。そして霊子が消滅する際、一瞬だけ時空に干渉し重力質量として現れているのだ。
「熾天使・・・ミカエルやウリエルたちということか。つまりアルマゲドンを前にして、天使の軍団がここに集結しつつあるということだな」
「おそらく、そうだと思うわ」
アルマゲドンが始まると、天使の軍団と悪魔の軍団が最終戦争を開始するということだが、天使の軍団が我々人類と共闘してくれるかどうかは不透明だ。12000年前の人類はなんの技術も持っていなかったので、ただ逃げ回るだけだったという。しかし、今の人類は悪魔を滅ぼす科学技術を手にしているのだ。天使と意思疎通をして共闘できるようならさらに心強くなる。
「霊子波通信でコンタクトは出来ないか?」
「はい、高城提督。何度も試みましたが今のところ返答らしきものはありません」
「リリエルもだめか?」
「ええ、呼びかけてるけどこっちもダメね。やっぱり、アルマゲドンが始まらないとどうしようもないみたい」
「しかし、熾天使が銀河中心に来ているということは、まずはこの宙域で戦闘が始まるということだな。あ、悪魔と天使が顕現した時って、ちゃんと天使と悪魔の見分けは付くのか?リリエル」
「えっ?今更?見たらすぐにわかるわよ。天使は霊力の発散で光ってるけど、負の霊力は光を吸収するから悪魔は暗く見えるのよ。それに、悪魔は人間が想像する通り、おおむね恐怖を与えるような姿で顕現するの。人間の恐怖心は連中の大好物だからね」
――――
地球連邦政府大統領官邸
「大統領、銀河中心核侵攻艦隊より霊波通信です。天使の物と思われる霊子揺らぎを観測とのこと。これは、本日パロマ天文台より報告のあった、地球周辺における霊子揺らぎと類似の現象だと思われます」
「そうか。アルマゲドンに向けて天使が顕現しようとしていると言うことか。やはり、アルマゲドンは起こるのだな。予定通り6月1日より非常事態宣言を発令する。準備に取りかかってくれ」
――――
アルマゲドンまであと三ヶ月
銀河中心核での迎撃準備は順調に進んでいた。しかし、2500万人もの将兵が活動しているため、傷病で離脱する者達も多い。その為、時々補充要員や補給物資が届けられる。
第七次補給艦隊が到着した。そして、補充兵の1500名が続々と降りてくる。慣例として高城は到着した将兵に挨拶を行うことにしていた。
「・・・・人類の存亡を懸けた戦いだ。心して準備をしてくれ。以上」
高城蒼龍の挨拶が終わり、人事課長のレルゲン少佐が登壇して今後の事について説明を開始した。
「ねえ、あの中のあの子、アンドラスに取り憑かれているわ」
「?!」
リリエルが衝撃的な発言をした。補充兵の中に悪魔アンドラスが居るというのだ。
「バカな、やつはルメイに・・・・」
「そう、ルメイが死んだ後、そのまま地上に残って別の誰かに取り憑いていたのね。そして今はあの子に取り憑いているわ」
「この艦隊に来たのは、妨害活動か?しかし、リリエルに気づかれたんじゃ、妨害も出来ないだろう。それとも、悪魔のシンパが他にも来ているのか?」
「そこはわからないわね。でも、直接聞けばわかるんじゃないかしら。お茶会に誘いましょうよ」
「いや、お茶会って・・・。それに、ルメイが最後に会いたいって言ったときにも、情報漏洩を恐れて会わなかったじゃないか。今アンドラスに会ったら意味無くならない?」
「まあそうなんだけど、あえてあんたの近くに来たって事は、向こうから接触してくるわよ。それとも営倉にでも閉じ込めておく?悪魔に憑依されることを軍紀違反にするとか?」
「さすがにそれは出来ないな。リリエルがそう言うんだったら会ってみるか」
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「レルゲン少佐。今日着任したミョルニル部隊のメアリー・スー准尉を呼んでくれないか?極秘でたのむ」
――――
「メアリー・スー准尉ってアメリカ人なんですよね。飲み物はスーパーサイズのコークとかが良いんでしょうか?あとはピザ?」
「ヴィーシャ、アメリカ人に偏見持ってない?飲み物は好みが分かれるから来てから聞けば良いよ」
「でも、悪魔に取り憑かれているんですよね?どんな人格になってるんでしょうね?」
「どうだろうなぁ。人事評価資料には、成績優秀で忠誠心と遵法意識は満点とあるな。それと、霊子力は過去最高だそうだ。アンドラスが影響しているのかもな」
ルメイは悪魔に支配されているというわけでは無かった。もともと人類社会に対して、何らかの不満や憎悪を持っている人間に悪魔は取り憑いてそそのかすようだ。そうすると、メアリー・スー准尉も人類に対して何か含むところがあるのだろうか?
プルルルルルーー
高城の執務室の内線電話が鳴った。
「ああ、入ってくれ」
「地球連邦宇宙軍銀河中心核侵攻艦隊第45ミョルニル部隊メアリー・スー准尉、入室いたします!」
第六話をお読みいただき誠にありがとうございます。
年末年始が多忙につき、今年の更新は本日が最後になります。
次回は年明けの更新を予定しております。
それでは皆様、良いお年を。