第五十二話 最後の敵とは
「飛鳥、聞こえるか?地球は向こうの世界に転移させたぞ。これで、お前の野望ももう終わりだな」
高城蒼龍の乗った脱出ポッドはリリエルによって宝物のように大切に抱えられていた。しかし、そのリリエルに意識は既に無く、胸より下の体を失い右腕と顔の右半分もズタズタに引き裂かれていて、辛うじて左腕と胸によってポッドを抱えている状態だった。そしてそのリリエルをルシフェルが体を寄せて抱きかかえている。
『蒼龍、お前には驚かされっぱなしだな。まさか、こんな手を使うとは・・・・』
「ふん、これが人間の力だよ。人間は科学の力でどこまでも進化を続けるんだ。それを絶やさないためなら何でもやるさ」
『人間のためにか・・・・。いや、本当のことを言え。あの女の為にだろ?』
パンデモニウムとルシフェルに介入したとき、ルシフェルは高城蒼龍とも記憶を共有していた。それ故、高城蒼龍が何のために戦っているかが解っているのだ。
「くっ、お前に隠し事は出来ないか。その通りだよ。ヴィーシャだけは救いたかったんだ。それはなんとか達成できたから、まあ、思い残すことはもう・・・・」
『嘘をつくな。お前は今でも元の世界に帰る方法を考えているだろう。例えば、俺の残った霊力を全て使ってなんとかならないかとかな』
「えっ?なんで解ったんだ?まだ思考が繋がってるのか?」
『いや、思考は繋がっていないがお前の考えることは解るさ。俺たちは親友だろ』
「ああ、その通りだ。お前の霊力を犠牲にすれば何か出来るんじゃ無いかって思ってたよ。非道いヤツだろ。親友のお前を生け贄に捧げても、なんとか帰れないか考えてしまった」
『相変わらず正直なヤツだな。ふふ、ではお前に協力してやろう』
ルシフェルは左手を挙げて魔法陣を描き始める。そして、指がなぞったとおりに光り始めた。
「これは?」
『時を支配する魔法だ。俺が研究していたことはリリエルから聞いていただろう。その集大成だよ。この魔法によって太陽系の時間の流れと外の流れの速度を限界まで変えてやった。この太陽系の1年は外の世界の1秒程度だ。ここで10年経過しても外の世界やお前がいた世界では10秒ほどしか経過しない。これなら、お前の女が生きている間に、元の世界に戻る方法を見つけることが出来るんじゃ無いのか?』
「それはありがたい。しかし、材料も無ければ人手も無い。お前が手伝ってくれればなんとかなるのか?」
『残念だな。俺はこの魔法を維持するためだけに残りの霊力を全て使う。これから休眠に入るよ。リリエルも霊力を補給しなければ永遠にこのままだろう。俺もリリエルもここまで消耗してしまっては、人工的な霊力では復活は出来ない。最低でも50万人分の霊力が必要だな』
「50万人か・・・。地球が転移してしまった今ではもう不可能だな。時間の流れを変えてくれたのはありがたいが、どうにも出来そうに無い」
『心配するな、蒼龍。火星に向けて宇宙船が航行している。20人ほどが乗っているはずだ。彼らを増やせばよかろう』
◇
『こうして高城提督は向こうの世界で、文明の再構築を始めました。リリエルさんとルシフェルは、知的生命体が増えればその霊力を高めることが出来ます。そして、リリエルさんとルシフェルの復活のため、人口増加を推し進めていきます』
◇
90年経過(外の世界では約90秒経過)
「やっと100人を超えたか。先が長いな」
火星に向かっていた21名は、ある実業家が企画した火星旅行に参加していた人たちだった。25歳から55歳、男性18名、女性3名の構成で、その内女性は25歳・42歳・44歳だ。
地球を転移させたときに、不足する霊力供給として何隻かの無人艦の霊子力炉をオーバードライブさせていた。そして無人艦の霊子力炉は転移と共に完全に消失や爆発をしていたのだが、艦の残骸がいくらか残されていた。高城蒼龍は脱出ポッドを操作して残骸を調べた。すると、コジェネレーターの核融合炉と修復用オートマタ複数が残っていたのだ。
高城蒼龍はオートマタをフル活用して小型の宇宙船を作り、火星行きの宇宙船を拿捕した。そして同時に、無人艦の残骸を使って小型のスペースコロニーを構築してそこに住まわせることにしたのだ。
火星行きの宇宙船には、21人が8年間生きていけるだけの食料が搭載してあった。さらに、火星の土を使って植物栽培を計画していたようで、各種穀物や果樹の種もあったのだ。
◇
『長かったよ。無理矢理子供を作らせるわけにも行かなかったしね。それに食料生産の限界もあった。そして1000年が過ぎたころ、やっと人口が50万人になったんだ』
アナスタシアの説明に高城蒼龍の声が割り込んで来た。
「1000年・・・?」
1000年という単語に、ヴィーシャも地球連邦軍の幹部達も息を呑む。そんなに長い間、向こうの世界で文明の再建に取り組んでいたのかと。
『1000年かかってやっとリリエルと飛鳥・・ルシフェルが目を覚ましたんだ。』
『そうなのよ。私が目を覚ましたとき、こいつ、わんわん泣いて困ったわ。外の世界ではアルマゲドンが終わってないから、受肉も続けることが出来たの。人間サイズになって一緒に人類の復興をしたのよ』
リリエルはとても嬉しそうだ。1000年掛けて高城蒼龍が自分を復活させてくれた事がたまらないのだろう。
『そしてこっちの世界に戻る方法を確立して、リリエルとルシフェルの霊力が十分に回復するまでさらに7000年かかったよ。いやー、本当に長かった』
話を総合すると、高城蒼龍は向こうの世界で8000年もの間、こちらの世界に戻る事を考えそしてそれを実現したということだ。一人の人間にとってはとてつもなく長い時間を戦い続けたのだろう。
「8000年・・・・そんなに長くかかったなんて・・・」
高城蒼龍は、8000年もの長い年月を生き、それでも元の世界へ戻ることをあきらめなかった。ヴィーシャに再会することを諦めなかったのだ。
『そして俺たちはこの世界へ向けて転移したのさ。ただ、こっちの世界への目印が無い。これが無ければ亜空間を永遠にさまよう事になっただろう。それで、俺たちはアナ、モルガンに賭けたんだ』
『はい。私は高城提督が必ず戻ってくると信じ、それを実現するためにはどうすれば良いか逆算していきました。そして結論に達したのが、ルシフェルの時間魔法で極限まで時間を稼ぎ、十分な戦力と技術を整えてから転移に入るだろうと。その時、こちらの宇宙への目印と出口を構築する必要があると結果が出ました』
アナスタシアの言葉を聞いた竜はうんうんと七つの首を縦に振って頷く。
「そうだったんですね。高城提督、良かった。本当に良かった。でも、その姿は・・・・」
ヴィーシャはこんなにも長い年月をかけて高城蒼龍が戻ってきてくれた事に涙を流す。しかし、気になることがいくつかあった。その一つが今の竜の姿だ。
『ああ、これは対神決戦兵器だよ。最後の戦いはやっぱりこの姿が良いんじゃないかってね。黙示録の予言の通りさ。今は俺と完全に同期しているけど、俺の姿が変異したわけじゃ無いから安心してくれ』
その言葉を聞いてヴィーシャは心底安堵した。魂や意識が高城蒼龍だったとしても、やっぱりあの姿は受け入れることが出来ないかも知れない。さすがに一緒には暮らせないだろう。
『そして後続の艦隊は、俺の“竜戦士”とルシフェルの“獣戦士”を支援するための艦隊だ。どうしてもこっちの世界に来たいとダダをこねた連中が5000人ほど乗ってる。後で紹介するよ』
そうは言ったものの、地球のウイルスや病原菌に対して全く免疫が無いのですぐに会うことは出来ないだろう。どうすれば良いかはアナスタシアの智慧を借りるしか無い。
「高城提督、現状の理解は出来ました。それでこれからの作戦はどのようにされるのですか?」
「ドレーク参謀総長、モルガンから受け取った現在の情報を精査して作戦を立案した。今モルガンに送信したよ」
地球連邦軍の幹部達は手元のモニターに目をやる。そこには神を打倒するまでの作戦が表示されていた。そして“神”の正体も。
「高城提督、これが最後の敵・・・“神”の正体なのですか?」




