第五十一話 666の獣
『待たせたな、ヴィーシャ』
『ヴィーシャ!遅くなってごめんねーーー!』
それは懐かしい声だった。自分たちを元の世界に戻すために犠牲になった大事な人の声。ほんの数時間前の出来事なのに、もう何年も、何十年も恋い焦がれた声のように思える。
「本当に・・・?高城提督!高城提督なんですね!?」
ヴィーシャの問いかけに対して目の前の巨大な竜は、顔の表情を少し緩めてウインクをする。
「ヒィィィィィーーーー!」
そのウインクにヴィーシャや近くに居たエルフは思わず悲鳴を上げてしまった。邪悪で強烈な霊波をまともに受けてしまったからだ。
『ちょっと、何やってんのよ、アンタ!ヴィーシャが怖がってるわよ。亜空間を抜けたんだからもう霊波の放出は止めなさいよ!それと、早くアナスタシアから現状のデータをもらって』
『悪い悪い。アナスタシア、俺たちが来るまで持ちこたえてくれてありがとう。お、データ早いね。了解、現状は理解した。やっぱりキミは最高の女だよ』
『蒼龍、インタフェースが従来規格で助かりました。そちらのデータ受領も完了です。しかし、こんな事になってたなんて・・・』
『話はあとだ。ちょっと周りの天使を片付ける』
その竜は少し前に進み七つの首を広げ天に向かって咆哮を上げた。竜の胸には黒い炎で文字が描かれ始める。
「あの文字は、数字・・・6・・6・・6・・・・サタンの刻印・・・」
そう、それはヨハネの黙示録にある悪魔の刻印とも獣の刻印とも呼ばれるものだった。神に敵対する悪魔王の印だ。
そして竜の体全体から凍てつく波動がほとばしる。その強烈な波動は瞬時に空間に伝播し、その波動を受けた天使達は凍り付き砕けていった。
『これで周りの天使は片付いた。後は熾天使達と神だけか』
「そんな・・・こんな一瞬で・・・」
ヴィーシャが驚くのも無理は無い。向こうの世界とこちらの世界で時間は完全にリンクしていたのだ。たった数時間前に自爆をした高城蒼龍が、この短時間で悪魔の竜となって帰ってくることなどあり得ない。
パンデモニウムとロキ一号機の霊子力炉は間違いなく暴走して大爆発を起こした。そのエネルギーで自分たちは元の世界に戻れたのだから。しかし、ロキが自爆をしたからといってリリエルや高城蒼龍が必ず死ぬというわけでは無い。直前に脱出をすれば生き残れる可能性は高いとアナスタシアも言っていた。ルシフェルもしかり。しかし、霊子力炉を失いリリエルもルシフェルも霊力をほとんど使い果たしている状況では、元の世界に戻る方法が無いのだ。しかも、アナスタシアのシミュレーションでは物体を伴って世界を渡るには、アルマゲドンの特殊な力場の中で無ければ不可能と言うことだった。高城蒼龍とリリエルといえども、この短時間でどうこうできる状況では無かったはずだ。
と、その時スキーズブラズニルの前の竜が激しく振動した。真空中なので音は伝わらないのだが何かが激しくぶつかったようだ。
そして後方の魔法陣からさらに邪悪な波動を持ったモノが出現してくる。それは七つのライオンの首と合計10本の角を持った獣だった。
『ふふふ、ここが蒼龍、お前が転生した世界か。やっと来ることが出来たのだな。我こそはアルファでありオメガである。餓えている者には命の水をくれてやろう!我こそは新たな神なり!我が子らよ!!余の前に跪くが良い!!ワーーーーーハッハッハッハーーーーーー!!』
その言葉は生きとし生けるもの全ての魂に響いてきた。その言葉に打たれて人々は動きを止める。それは根源的な恐怖。中二病的な台詞にもかかわらず人々の魂を凍り付かせ恐怖で縛ってしまったのだ。
『ルシフェル!バカなこと言ってないでさっさとこっちに来なさいよ!まだ艦隊が後ろにつかえてるのよ!』
『お、おう、すまん、リリエル。そっちに行けば良いんだな』
七つのライオンの首を持つ獣はちょっとバツが悪そうに前に進み出て竜の隣に並ぶ。月とほぼ同じ大きさの物体が二つ並ぶと重力によって地球艦隊も引っ張られてしまう。また、地球もその潮汐力の影響で、沿岸部は今までに無い高潮に襲われていた。
そして魔法陣からは見たことも無い宇宙艦隊が続々と現れてくる。
◇
『蒼龍、あなたが帰ってくると信じていました。本当に良かった』
アナスタシアは高城蒼龍とデータを交換しているので、今までに何があったかを理解していた。それでも、宇宙で最高の叡智を誇るアナスタシアですら想像の埒外の事が起きていたのだ。
竜と獣の突然の出現によって地球艦隊が混乱しているため、アナスタシアは現状の説明をヴィーシャと各指揮官に伝えることにした。
『パンデモニウムとロキ一号機の霊子力炉を、リリエルさんとルシフェルの霊子を取り込むことによって暴走させ、我々をこちらの世界に転移させました。その時、高城提督はなんとか脱出に成功したものの、瀕死のリリエルさんとルシフェルと宇宙空間を漂うことになったのです』




