第五十話 血戦!地球絶対防衛圏!
「敵200がバリアー上にワープアウト!自爆攻撃です!このままだとバリアーが突破されます!」
スキーズブラズニルの艦橋にヴィーシャの悲痛な叫びが木霊する。
天使達の攻撃のほとんどは地球艦隊に届くことなく撃破されていた。艦隊に向けて放たれた攻撃はバリアーによって弾かれてしまう。接近しようとしても砲撃によって撃破されてしまっていた。そして、通常の攻撃では埒が開かないと判断した熾天使達は、各艦に展開されているバリアー上に直接ワープアウトすることを下位の天使に命じたのだ。
バリアーより中にはワープアウト防止結界が張られている。しかし、その範囲外ギリギリにワープアウトしてきた場合、天使はバリアーと衝突して粉砕されるのだがバリアー出力が下がってしまうのだ。
天使達の体当たり攻撃によって、既に1000隻あまりの艦に損害が出ている。
◇
『私の直感・・それは私の願望・・・・・・・。勝巳の愛したこの地球を、みんなが幸せに暮らせる世界を守る。そして、私の大好きな人々も』
アナスタシアはあらゆる情報を隈無く精査した。悪魔や天使達の攻撃や行動、発言の一つ一つを再度確認する。そしてその情報を加えてシミュレーションを繰り返す。
『私は大事な家族を目の前で失った。多くの愛すべきロシア国民を助けることが出来なかった。大事なルスランも私を助けるために死んでしまった。無力な自分だったが、勝巳や蒼龍と出会うことで歴史を変えることができた。もう何も失わないと決意したのに・・・蒼龍、リリエルさん・・・・私は何を望むの?』
アナスタシアは自問自答する。もう大事な物を何も失わないと決意したのではなかったのか?それなのに、蒼龍とリリエルを犠牲にしてしまった。本当にその決断は正しかったのか?
『そうだ、私は欲張りな女だ。手に入れた物は絶対に手放さないと決めた。それなら・・・・』
アナスタシアは覚悟を決める。現有戦力で勝利する為のシミュレーションを中止した。そして、アナスタシアの全ての能力をアナスタシアの望む世界を創るためだけに割り振った。
『ドレーク参謀総長。これより私の全リソースを特定のシミュレーションに使います。火器管制は独立したプログラムを作成したので今まで通り動作しますが、イレギュラーには現場での判断を求めます』
「モルガン、それは人類が生き残るために必要な事なのだな?」
『はい、参謀総長。このシミュレーションに“解”がなければ人類は滅びます』
「そうか・・・わかった。頼む」
アナスタシアはその計算の為に自分と繋がっている全てのリソースを使用した。地球上のありとあらゆるコンピューターは瞬時にアナスタシアの支配下に入り、アナスタシアのシミュレーションを分担する。地球の民間人は全てシェルターに避難しているため、会社や個人宅には大量のコンピューターが残されたままだ。ほとんどの機器はWake-on-LANに対応しているため、強制的に起動させて乗っ取った。またネットワークに繋がっている組み込み型のプロセッサも支配下において演算を実行する。地球上の電力需要は瞬時に跳ね上がり、核融合発電所はフル稼働を開始した。アナスタシアの支配下に置かれたプロセッサは限界までオーバークロックし、冷却が十分でないものは熱によって焼損していく。
『もう少し、もう少しで見える』
◇
「巡洋艦トロルスティンゲン大破!離脱します!」
スキーズブラズニルの艦橋では、入ってくる情報をヴィーシャがマツナガ艦長に報告していた。アナスタシアのサポートが切れてしまったため、目に見えて損害が増えている。悪い報告しか入ってこない。
「ロマノヴァ中尉。ロキ二号機の様子はどうだ?」
「はい、こと座方面で健在です。稼働限界まで11分を切りましたが、現在の所、霊子力炉は安定稼働しています」
ロキ二号機は不安定な霊子力炉を抱えているため、唯一アナスタシアのサポートを受けている。その影響もあってアンドラスは奮戦し、こと座方面の残敵もかなり少なくなっていた。
「直下より敵500!!バリアーに接触しまキャッ!!」
ヴィーシャは突然の衝撃に悲鳴を上げてしまう。今まで天使達の攻撃を全てはじき返していたスキーズブラズニルだが、巨大戦艦だけにどうしても天使達の攻撃を集めてしまう。そして直下から天使500体の連続体当たり攻撃をまともに受けてしまった。300体くらいまではなんとか耐えることが出来たが、そこでバリアーの限界に達してしまったのだ。
「バリアー損壊!第三艦橋に敵が取り付きました!陸戦部隊はF・G・Hブロックに急行してください!」
「くそったれ!今、旗艦をやられるわけにはいかん!モルガンのシミュレーションが終わるまでなんとしても持ちこたえろ!」
“高城提督・・大お婆さま、お願いです。みんなを地球を救って”
◇
『計算・・・終了。これで人類を救うことができる・・・はず・・。ドレーク参謀総長。特殊な魔方陣を構築します。必要な艦は私の支配下に入れて強制移動させるので、その防御をお願いします。私は巨大魔法発動のスクリプトを組み上げます。7分後にその魔法を発動させるまで私の全てのリソースを使います。艦隊のサポートはできません』
「モルガン、それで人類は救えるのだな」
『はい、参謀総長。私を信じてください』
「わかった。あと7分!どんな犠牲を払っても魔方陣構築を成功させる!」
◇
「メアリー、私たちにも指示が来たわ。これから構築する立体魔方陣の中心に移動すればいいのね」
「ええ、アンドラス。私も確認したわ。でも、これじゃぁ・・・」
「アナスタシアを信じましょう。もう、それしか無いわ」
◇
「タチバナ中尉。俺たちは巡洋艦ティアティラの直衛だ。特殊な魔方陣を構築するらしいぞ。大きいな・・・月と同じくらいのサイズがあるのか」
「逆転の一手ということね。でも陣地転換の間は防御に隙が出来る。それでもやらないといけない作戦・・・」
「ああ、絶対死守命令だ。あと7分、撤退は許されないそうだ。非人道的な命令だな」
「どちらにしてもこの作戦が失敗したら人類は滅びる・・・そういうことよ」
◇
この銀河の歴史上、それはもっとも苛烈な火力の衝突だった。地球艦隊はあらゆる犠牲をいとわず天使達を迎撃した。数に勝る天使は次々に体当たりを仕掛けてきた。地球艦隊の損害は4割を超えている。そして、斃された天使達の霊子によって宇宙が満たされていく。その濃密な霊子の揺らぎは可視化できるほどの値に達していた。
◇
「アンドラス、指定の座標よ」
「ええ、メアリー、機械の操作はお願いするわね」
メアリーは黙って頷きロキ二号機の操作を始める。
「冷却ポンプ停止、圧力弁閉鎖、内部圧力上昇・・・・霊子力炉オーバードライブ開始、臨界まであと3・2・1暴走を確認!脱出!!」
◇
『空間の霊子密度が閾値を超えたわ。みんなありがとう。これで成功するはず!大召喚魔法ドゥケーーーーーーーーレ!!!』
アナスタシアが組み上げたスクリプトが実行された。斃された天使達の濃密な霊子ゆらぎを利用し、大召喚魔法を実行したのだ。
◇
「ドレーク参謀総長、ロキ二号機の霊子力炉暴走を確認!魔法陣が光り始めました!」
「ここまではモルガンの指示通りか。観測を怠るなよ。これから何が起こるのだ?モルガン」
「こ、これは・・・参謀総長!魔法陣の空間が反転しています!何かが・・・巨大な何かが出てきます!」
「まさか!向こうの世界から!?」
◇
霊子力炉を暴走させたメアリーはアンドラスと共に脱出していた。アンドラスはロキ二号機と霊子力炉を失ったため、白百合の聖女の姿から元のアンドラスの姿に戻っている。しかし、向こうの世界のアンドラスと融合しているため翼は3対6枚あり、熾天使並みの力は保持していた。
「アンドラス、ねぇ!何が起こったの!?」
メアリーは脱出ポッドの中でアンドラスに問いかける。
「これは、召喚魔法の一種だと思う。悪魔がケルベロスなんかの魔獣を召喚するときに使うのだけれど・・・・来るわ・・・巨大な・・・悪魔?この波動は・・・まさか!?」
◇
宇宙が割れた。そう表現するにふさわしい現象だった。魔方陣の中の空間が裂け、そこから膨大な霊子があふれ出す。それは目に見えるほどの濃密な魔素となって空間を支配する。あふれ出した魔素は、既に瘴気といっても過言では無い。
そしてその瘴気の中から巨大な何かが突き出てきた。
◇
「何なの!?アンドラス・・・あれは・・・・あんな・・・・・は虫類の手?」
それはあまりにも巨大なは虫類の手だ。コモドドラゴンの手のように鱗で覆われていて鉤爪が生えている。そして燃えているかのごとく赤い。その手は魔法陣の両端の縁を握り力を込めた。魔法陣の大きさは月の大きさとほぼ同じ。その対角線の縁に両手が届く大きさだ。巨大な鉤爪は空間に食い込み魔法陣の縁が耐えきれずに裂け始める。
◇
『全艦退避!!全力で逃げてください!!アレを直接見てはダメ!!魂が食い尽くされます!!まさか・・・こんな・・・』
アナスタシアはすぐに緊急アラートを発した。艦の中やミョルニルの中から直接宇宙を見ることは基本的には無い。モニター越しなら大丈夫なはずだ。しかし、何らかのトラブルでヘルメットのバイザー越しに宇宙を直接見ている者が居れば大変なことになる。もしアレを直接見たなら、瞬時に魂と生命力は吸い尽くされ、ただのタンパク質と水の塊になってしまうだろう。
◇
「タチバナ中尉!退避命令だ!あの魔法陣から出来るだけ逃げろ!」
防衛線を抜けてきた小型の天使と格闘戦をしていたミョルニル部隊からも、その巨大な何かが見えていた。
「あ、あれは・・・目?・・・」
魔法陣の深淵の中に光る物体が見える。それは明らかに瞳の輝きだ。一対の瞳が7組、合計14個の光点がみえている。そしてその物体は魔法陣を破壊し姿を現した。
《わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十の王冠があり、頭には神を冒瀆するさまざまの名が記されていた。わたしが見たこの獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と王座と大きな権威とを与えた。この獣の頭の一つが傷つけられて、死んだと思われたが、この致命的な傷も治ってしまった。そこで、全地は驚いてこの獣に服従した》ヨハネの黙示録13 新共同訳
その竜は火のように赤く鈍い輝きを放っていて、頭は7つあり合計10本の角を持っていた。背中には胴体と同じ色の一対2枚の羽があり長く太い尾を振りかざしている。
「宇宙怪獣だと!?魔法陣を使ってあんなモノを呼び出したのか?本当に人類の味方なのか?」
「七つの首を持つ赤い竜・・・・・・・ヨハネの黙示録に書かれている神に敵対する絶対悪の象徴・・・・・あ、ああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」
「タチバナ中尉!気をしっかり持つんだ!」
モニター越しにもその邪悪でおぞましい霊圧を感じるほどだった。特に霊的感受性の高いエルフにとって、空間に漂う霊子をつたってくる闇の波動は恐怖そのものだ。その恐怖によってタチバナ中尉を始め、多くのミョルニル搭乗員がパニックに陥る。
◇
スキーズブラズニル
バリアーを突破されたスキーズブラズニルには、すでに数千の天使が取り付き内部に侵入していた。天使は人間より一回り大きいくらいのサイズになって、艦内の通路を第一艦橋に向かって進む。艦内の陸戦部隊もパワードスーツを着て応戦するが、徐々に押し込まれていた。そんな中、スキーズブラズニルにも退避命令が届く。
「全速で離脱だ!急げ!」
スキーズブラズニルは魔法陣の前方で防衛に当たっていた。この位置では、魔法陣から出現した巨大な“何か”と衝突してしまう位置だ。
マツナガ艦長は全力での離脱を命令する。そしてメインエンジンの出力を最大にした瞬間、陽極ガスデストリビューターが大爆発を起こしてしまった。
「メインエンジン破損!出力低下!移動できません!」
ヴィーシャは叫ぶように報告する。ここから動く事が出来なければ、待っているのは確実な“死”なのだ。
緊急脱出装置を使っても、艦の外には数千の天使が取り付いているのですぐにつかまって殺されるだろう。
ヴィーシャの周りにあるモニターには、様々なアラート情報が表示されている。もはやスキーズブラズニルで正常に動作をしている部分の方が少なくなってきた。
“ここまでなの!?もう何も出来ないの!?”
ヴィーシャは下唇を強くかみしめる。そして瞳からはぼたぼたと涙があふれ出してきた。
『ヴィーシャ、わたしのかわいいヴィーシャ。あきらめてはダメ。あの魔法陣から出てきたのは・・・・』
「え、大お婆さま?」
大召喚魔法の実行を終えたアナスタシアとの通信が回復したのだ。しかし、スキーズブラズニルの損傷のせいかアナスタシアの言葉は途中で切れてしまった。
「前方より天使の集中攻撃です!バリアー稼働率7%!防ぎきれません!」
ヴィーシャの席の隣にいる女性士官が叫ぶ。おそらく、魔法陣から出てくる“何か”に対して集中攻撃を仕掛けたのだろう。そして、その軸線上にスキーズブラズニルがいるのだ。観測されるエネルギー量はバリアーの無いスキーズブラズニルを消し去るには十分すぎる。
「そんな・・・高城提督―――――――――!!!!」
次の瞬間、天使の集中攻撃がスキーズブラズニルの直前で大爆発を起こした。その輝きによって宇宙が白く照らされているが、その輝きは何かの影になってスキーズブラズニルには届いていなかった。
それは、魔法陣から出てきた竜の頭の一つだった。長く伸びた竜の頭の一つがスキーズブラズニルの直前で天使の攻撃を防いでいたのだ。竜の体は月の大きさほどもあり、その頭一つの大きさは100km近くにもなる。そしてその竜は顎を大きく開いた。
『待たせたな、ヴィーシャ』
『ヴィーシャ!遅くなってごめんねーーー!』
物語は大詰め!!ラストまで一気に書き上げます!
それと、ESN大賞9応募の為に少しずつ書き溜めた作品を公開しています。
https://ncode.syosetu.com/n5495li/
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