第五話 銀河中心へ
旗艦スキーズブラズニルの格納庫で、銀河中心核侵攻艦隊の壮行式が行われていた。高城提督を始め、主要艦の艦長や参謀が整列をしている。そして、ミスハワイからハワイアンレイを首にかけてもらう。小麦色に日焼けしたミスハワイのココナッツビキニ姿が眩しい。
高城蒼龍が乗艦するのは、銀河中心核侵攻艦隊の旗艦スキーズブラズニルだ。全長20kmにおよぶ巨大艦で、同型艦が他に二隻建造されている。そして全長3000mの戦艦フリングホルニ級1500隻、巡洋艦12100隻、空母500隻を擁する史上最大の宇宙艦隊だ。全艦が最大出力で主砲を撃てば、恒星すら吹き飛ばすことが出来る。そして、主砲の物理エネルギーに霊子エネルギーをのせて打ち出すのだ。実際に悪魔が顕現していないので試すことは出来ないのだが、量子スーパーコンピューター・モルガンのシミュレーションでも悪魔に対して効果があると出ている。
地球-月ラグランジュポイントに終結している銀河中心核侵攻艦隊は、地上からでも肉眼で見ることが出来る。
「いよいよね」
「ああ、いよいよだ」
リリエルの声も、どことなく緊張しているように聞こえる。高城と融合して138年。1920年代から1970年までに死ぬはずだった2億人を5000万人以下に減らすことが出来た。おそらく、人間が何もしなくても天使が勝利するのだろう。しかし、地上で悪魔や天使の力がぶつかった場合、人類文明に甚大な被害をもたらす可能性がある。それを科学力によって未然に防ぐのだ。
「全艦これより超長距離ワープに入る!目標、銀河中心核射手座A*(スター)!」
高城提督の号令と共に、14100隻の大艦隊は超長距離ワープに入った。
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銀河中心核射手座A*
「あれが、銀河の中心・・・・」
「ああ、ヴィーシャ。射手座A*だ。直接見るのは初めてか。あの中に、悪魔が閉じ込められている」
「銀河の中心って、こんなに明るいんですね」
艦隊がワープアウトしたのは銀河の中心から10000天文単位の場所だ。艦隊の下方にはブラックホールの周りに形成される降着円盤が渦を巻いて光っている。そして前方には、無限に物質を吸い込みまばゆい光を放っているブラックホールが見えた。
※天文単位 太陽から地球までの距離が1天文単位
巨大ブラックホールは周りにある物質を激しく吸い込んでいる。その物質がシュバルツシルト半径を越えて落ち込む瞬間に、激しく電磁波(可視光やX線)を放つため明るく光るのだ。
「何度来てもここは嫌な感じね。悪魔に心の中を覗かれているような気がするわ」
高城は何度もこの宙域を訪れているのだが、その度にリリエルは不快感を示す。どうやら霊子波による干渉を受けているようだ。もしかすると悪魔は、ブラックホールの中から霊子波によって外の様子を観測しているのかもしれない。
「天使はこの銀河中心核に来るようなことは無いのか?」
「天使は人間を庇護することが使命なの。だから地球から出ることはないわ。ミカエル様とか熾天使はわからないんだけど」
「そうか。あ、じゃあカノープス星系に植民した人たちの所にも天使は行ってるのか?」
「えっ?そういえば、そうね。どうかしら?今まで地球から移住する人間なんていなかったからわからないわね」
リリエルは高城に憑依してから他の天使と交信が出来なくなっている。その為、カノープスに天使が行っているかどうかも知らないらしい。
他星系に移民を開始したのは、万が一地球が悪魔の手に落ちたとしても人類が存続できるようにとの意味合いがある。もちろん、このアルマゲドンで他星系に悪魔が出現することも考慮して防衛艦隊を派遣してあるのだが。
神が予言したというアルマゲドンまであと4ヶ月。この間に、防衛ラインの構築と兵の練度向上を行う。
――――
「アークエンジェル隊!高度が低いぞ!降着円盤に飲まれるな!」
今日も、降着円盤付近でミョルニル部隊の猛特訓が行われていた。このミョルニルと呼ばれる体高15メートルの人型格闘兵器は、通常空間に顕現した悪魔を殺すために作られたものだ。霊子キャタライザー(触媒)とコンバーターを搭載しており、人の霊子力を増幅して武器にする事が出来る。霊子アーマーとも呼ばれる。
※ミョルニル 古代ノルド語で「打ち砕くもの」の意。トールハンマーのこと。
「タチバナ中尉、お疲れ様!ほら、冷たいミルクセーキだ!」
「ありがとう、犬神中尉」
訓練を終えた隊員達が空母に帰還し、次の戦術ミーティングまでの間、大休止をとっていた。
「タチバナ中尉、君は作戦課なんだからミョルニルの訓練に出なくても良いんじゃないのか?」
犬神静馬は、タチバナとは地球連邦陸軍士官学校の同期でつきあいも長い。髪はいつも短髪に揃えていて、スポーツマン風の好青年だ。同期の中では最も霊力が高く、アルマゲドンの際には活躍が期待されている。
「いざというときの為よ。人類が初めて経験するアルマゲドンなのよ。何が起こっても不思議じゃ無いわ。あなたこそ、気を抜いていたら死ぬわよ。私の足を引っ張ることだけはしないでね」
タチバナはそう言って少し口角を上げる。犬神はしょっちゅうタチバナに話しかけてくるのでうっとうしいこともあるのだが、それと同時にこうして軽口を言える相手でもある。
「はは、気をつけるよ。しかし、あと4ヶ月で悪魔達が現出するのか。なんか、やっぱり想像できないな。アルマゲドンって言っても、実はなにも起こらないんじゃないのか?ほら、ノストラダムスの大予言みたいにさ」
「そうね、そうならそれで良いんじゃない?壮大な笑い話ですむわ。でも、私はリリエル様と直接話すことができたの。その時わかったのよ。ああ、本当にアルマゲドンはあるんだって」
「ふーん、そういうものなのか?やっぱり天使リリエルってすごいの?」
「話してみればわかるわ。あの霊子力は桁が違う。一桁や二桁じゃ無いわ。今はその力を顕現できないそうだけど、アルマゲドンになったら顕現も受肉もできるそうよ。そして、あんな霊子力を持った天使や悪魔が何万も激突するなんて、考えたくもない。人類が滅亡してもおかしくないくらいの力よ」
そんなすさまじい霊子力を持ったリリエルは、今日もヴィーシャと恋バナで盛り上がっていた。