第四十九話 天使リリエル
「来ると思っていたわ、リリエル」
振り下ろされた剣を掴んだアンドラスの右手からは赤い血が流れ出ていた。そしてそれは剣をつたって天使リリエルの手を赤く染める。
「アンドラス、その姿はいったい・・。それに、あなたの近くで私の波動を感じたわ。しかも堕天した私の波動を。どういうことなの?」
緋色の髪に同じ色の瞳。それは見間違えようも無い。こちらの世界のリリエルが顕現しているのだ。
「熾天使達からは何も聞かされていないのね。本当に無垢でバカなリリエル。あのリリエルは向こうの世界から来たリリエルよ。高城蒼龍の魂と融合し、人類を救うために堕天したの」
「向こうの世界?それに神をも畏れぬ邪悪な心臓を創った魔人・高城蒼龍と魂が融合?神が創り給うた世界はこの世界だけよ。世迷い言は・・・、いえ、まさか・・・・」
「そう、そのまさかよ。あなたもルシフェル様が時間を支配する魔法を研究していたことは知っているでしょ。その魔法で高城蒼龍と共に過去にさかのぼったのよ。そして1901年にタイムスリップした。その時空の跳躍によってこの世界が分岐したの。堕天したリリエルはタイムスリップをしたリリエルよ」
その言葉を聞いたリリエルは眉間にしわを寄せアンドラスをさらに睨みつける。
「そう・・・向こうの世界の私だったのね。穢れた高城蒼龍の魂に汚染されてしまった愚かな私・・・」
アンドラスは少しだけ悲しげにリリエルを見る。魂の波動は全く同じでも、高城蒼龍と融合していたリリエルとはやはり別のリリエルなのだ。
「それに人類を救うために堕天?ものは言いようね。穢れた心臓を作り出し、あまつさえ神を弑逆しようとしたニンゲンに与することは大罪よ。神に刃を向けるものは全て■■しなければならない!それが神の定めた理なのよ!」
リリエルはアンドラスに握られている剣を手放し距離を取る。そして一対の翼を広げて攻撃の態勢へと入った。
「リリエル・・・あなた・・・・」
アンドラスは距離を取ったリリエルに対して“不可視の腕”を伸ばす。こちらの世界のルシフェルを消滅させた“白百合の聖女”の力だ。そしてその腕は確実にリリエルの永久霊子を掴んだ。
「アンドラス・・・・・」
リリエルは動きを止めてアンドラスを見ている。先ほどまでの敵意をむき出しにした目では無い。それはまるで救済を求める迷える子羊のようでもあった。
「私ね、リリエルからあなたのことを頼まれているの。もしこっちの世界のリリエルに会ったら、あなたが人間を殺してしまう前に殺して欲しいって。さようなら・・・リリエル」
アンドラスは不可視の腕に力を入れる。そしてリリエルの永久霊子を握りつぶした。
永久霊子を失ったリリエルは光の粒子となってただの霊子へと還元されていく。この宇宙に溶け込んで、いつかはリリエルの大好きだった人間の魂へ輪廻を遂げるだろう。消えゆくリリエルの表情にはアンドラスに対する感謝と安堵があった。
「リリエル様・・・・・」
コクピットのメアリーが呟く。メアリーはリリエルと何度も直接念話し、尊敬と敬愛の念を強く持っていた。そのリリエルとは別人格だと解っていてもやはりこの現実は悲しかった。
「メアリー、リリエルは消滅を願っていたわ。あなたも気付いたでしょ。リリエルの言葉の一部が聞き取れなかった事を。私たち高位の霊体は嘘をつけないの。だから、熾天使から人類の殲滅を命令されていても、自分の意思を裏切る言葉を発することが出来なかったのね。でも、その命令は拒否できない。それを拒否するということは堕天すると言うこと。リリエルは神を裏切る事も出来なかった。だから、私に殺されることを選んだの」
メアリーに語りかけるアンドラスの言葉は悲しみに満ちていた。天使だった頃は妹のようにかわいがっていたリリエル。そして、高城蒼龍の魂と融合していたリリエルとは盟友として戦った。その両方のリリエルを失ってしまったのだ。
「もう、トモダチ、みんないなくなっちゃった・・・」
「何言ってるの?アンドラス。私はトモダチ認定してくれないの?私はずっとそう思ってたんだけど」
アンドラスはメアリーの言葉に目をぱちくりさせる。外から見ていたらちょっとほほえましい表情だったに違いない。
「そうね。メアリーは私の一番のトモダチよ。じゃあ、そのトモダチの為にも一肌脱がなきゃね!この宙域の50万!一気にやるわよ!」
◇
『ロキ二号機の活動限界まであと18分。天使の主力、熾天使達は艦隊と太陽の直線上に留まっている。地球艦隊の最大火力をミカエル達に直撃させることが出来れば斃せるけど、それでは太陽も消し飛んでしまう。やはりミカエル達はアンドラスで無ければ仕留めることは出来ない。そして天使の残存数は700万。アンドラスが地球圏を離れては防衛ラインが持たない。何か方法は・・・』
アナスタシアは現在までに入手したあらゆる情報を用いてシミュレーションを実行していた。人類が勝利を掴むことの出来るその細い道を探し求めている。しかし、その道筋は未だ見つからない。現有戦力では熾天使以外の天使は殲滅できるが、どうしても熾天使と神を斃す方法が見つからないのだ。神に至っては、その存在のありかさえ掴めていない。
『正攻法で計算しても解決策は見つからない。何か、何かないの?』
太陽の反対側にある地球からは、救助部隊と共に残った分析班によって残存しているあらゆるデータが現在も送られてきている。その中にはSNSの情報や過去のニュースなど役に立ちそうに無いものも多くある。しかし、アナスタシアの膨大な演算力によってその全てを隈無く精査していた。そして、ある一人の少年の情報にたどり着く。
『“AI超え。神の詰み筋”』
それは向こうの世界の21世紀前半に活躍した一人の日本人少年棋士の情報だった。スーパーコンピューターが数百億通りの候補手を計算し最善手を見つけるより早く彼はその正解にたどり着いていた。人間の脳の性能では到底なしえない事だ。彼はインタビューで詰みの形が見えると言っていた。それは勝利の最終形を直感でイメージして、それにたどり着く方法を逆算しているのではないかという大学教授の分析もある。
『直感・・・・』
アナスタシアが肉体を捨てて量子コンピューターに移植されるとき、高城蒼龍は“人間の直感力はコンピューターの計算を上回ることがある”と言っていた。それを期待されてアナスタシアは機械の脳を手に入れたはずだ。
『私の直感・・・・勝利の最終形態・・・そこからの逆算・・・現在の戦力では勝てない。それなら、何があれば勝てるの?それを用意するにはどうすればいい?』
絶対に不可能だと思われることや、合理的に考えたら真っ先に選択肢から除外することをアナスタシアは洗い直す。そして、そのあり得ない選択肢の中から直感が選び出した方法は・・・。
『私のゴーストがそうしろとささやいている・・・・』
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