第四十五話 白百合の聖女
「高城提督達の出現座標はまだ解らないのか!?」
高城提督達の決戦兵器ロキと6666隻の艦隊魔方陣によってパンデモニウムを消滅させる事には成功した。しかし、その転移に巻き込まれてしまって高城提督達は一緒に消失してしまったのだ。
スキーズブラズニル級巨大戦艦2隻と2万隻近くの艦隊が地球圏に残されているとはいえ、決戦兵器ロキを失ってしまい大悪魔達の撃退に苦戦している。地球の直近にはワープを阻害するバリアーを張っているため直接地上へ悪魔が現れることは無いが、いずれにしても防衛線が突破されるのも時間の問題だ。
「ドレーク参謀総長!太陽の向こう側の重力震度計が巨大重力の出現を観測しました!ワープアウトではありません!こ、これは・・・モルガンによると転移魔法です!」
※モルガン(アナスタシア)は高度にクラウド化されていて、地球圏でも同等の演算能力を提供している
「転移魔法!?高城提督達か!?」
転移魔法による巨大重力出現の報告を受けて、参謀本部は沸き立った。パンデモニウムを転移魔法によって消滅させたのだから、転移魔法で出現した物は高城提督達に違いない。
「出現した物体の質量は・・・60垓トン!地球規模の質量が突然現出しました!」
「「「は?」」」
一同、その報告に唖然とした。パンデモニウムはせいぜい直径40キロほどだった。6666隻の艦隊もそれほどの質量は持っていない。
「どういうことだ!詳細な観測データはまだか!」
太陽系内に張り巡らされた重力震度計では、質量はわかるが形状に対する解像度が高くない。光学機器を持った観測人工惑星もあるので、それらが物体を観測できれば霊子波通信で瞬時にデータは届く。しかし出現した物体との距離があると、光が届いて観測できるまでに数十秒から数分程度かかってしまうのだ。
「ドレーク参謀総長!艦隊の前方に重力震!!霊子波計測計が振り切っています!!かつて観測したことの無い巨大霊子質量がワープアウトしてきます!!」
「何だ!?何が起こってるんだ!!!」
地球艦隊と悪魔達が砲撃を打ち合っている丁度中間地点にそれは現れた。極小の点の様な光として現れたそれは急激に光度を増し辺りを光に飲み込んでいく。
そしてそこから、14枚の漆黒の翼を持った神々しい一人の天使が現れた。
「霊子パターン・・・・・バカな・・・・モルガンはあの霊体はアンドラスだと言っています!!」
◇
通常空間に現出したアンドラスはゆっくりとそのまぶたを開く。そして目の前に布陣する悪魔達を睥睨した。
アンドラスの目の前には、第二階級以上の悪魔達を中心に約70万が地球艦隊と対峙していた。直前まで咆哮を放っていた悪魔達はアンドラスを凝視して固まってしまう。その信じられないほどの霊圧に体が動かないのだ。悪魔の体を巡っていた霊子はその循環を止め、永久霊子も凍結してしまったかのようだ。そして悪魔達はワナワナと体を震わせ始める。
それは恐怖
悪魔や天使達は恐怖に鈍感だ。受肉した肉体が破壊されたとしても、永久霊子さえ失わなければ魂は地獄や天国に戻って復活出来る。しかし、今目の前にいるアンドラスから発せられる霊圧はその悪魔達を恐怖によって縫い止めてしまったのだ。
悪魔達は瞬時に理解した。自分たちはアンドラスによって消滅させられてしまうと言うことを。
アンドラスは静かに目を閉じる。そして全身で周りの霊波を感じ取りターゲットを全てロックオンした。
アンドラスはその漆黒の翼を大きく広げた。翼に生えている羽の一枚一枚に小さな魔方陣が現れ、そこに霊力が集中する。
アンドラスは広げた翼をゆっくりと羽ばたかせた。翼幅700メートルにも及ぶその美しい翼はまるで音楽を奏でるように宇宙を揺らす。
「あれは・・・鎮魂歌・・・・」
その神々しいアンドラスを見守る全ての知的生命体と霊体の魂には解ったのだ。これはその宙域に存在する魂が最後に聴くことの出来るレクイエム。現世の苦悩から解き放たれ、大いなる宇宙とひとつになりその存在は永遠となることができる唯一の調べ。
アンドラスの翼から放たれた無数の暗黒粒子は正確に悪魔達の永久霊子を貫いた。そして地球圏に存在する悪魔達は全て消失し、ただの霊子となって宇宙に溶けていく。唯一、ルシフェルだけを残して。
「ルシフェル様。私たちは向こうの世界から戻って参りました。向こうの世界でルシフェル様を斃し、滅びかけた人間達を連れて・・・・」
ルシフェルは地球を背にしたアンドラスと向き合う。青く輝く地球とアンドラスの漆黒の翼のコントラストは美しく、地獄を支配する悪魔王ルシフェルですら感嘆のため息を漏らした。
『そうか・・・。太陽の向こう側に現れたのは地球か・・。では、リリエルは向こうで消滅したのだな・・・』
ルシフェルの言葉にアンドラスは少しだけ息を呑む。あの最後の瞬間、リリエルからアンドラスにだけ聞こえるよう、霊波によって伝えられた言葉が思い出される。
「いいえ、ルシフェル様。リリエルは私たちをこちらの世界へ戻す為の触媒となりました。でも、きっと戻ってきます。リリエルと高城蒼龍なら・・・・」
それは願望に過ぎないことをアンドラスは知っている。アナスタシアの計算力をもってしても、転移後の向こうの世界の正確な状態まではわからない。ただ、万が一消滅していなかったとしても、霊力を失い地球も艦隊もパンデモニウムも無い状態ではこちらの世界に戻ることなど出来ないのだ。アナスタシアも高城蒼龍が戻ることのできる手段を何度も何度もシミュレーションしていた。何か材料を残していけば可能なのでは無いか?有人艦を残すことは出来ないが、無人艦を残せば高城蒼龍ならなんとかするのではないか?しかし、分岐をした平行世界であっても時間の流れだけは完全に同期している。そして、世界を渡るにはアルマゲドンの特殊な霊子場でなければ不可能なのだ。例えリリエルと高城蒼龍が健在でも、アルマゲドンが終わるまでに膨大な霊力を蓄え不完全な巨大霊子力炉を構築し、ルシフェル並の霊子力を持つ悪魔を育てることは出来ない。もうリリエルにも高城蒼龍にも会うことは決して無い。
『14枚の翼か・・・・。どうやってその姿になったかは知らぬが、今のお前なら・・・・神を斃すこともできるのだろう。そして、その不完全なニンゲンと共に生きていくのか』
「はい、それがギゼと高城蒼龍の望みですから」
『そうか・・・・アンドラス・・・・白百合の聖女よ・・・この宇宙を・・・頼む・・・』
ルシフェルはアンドラスをまっすぐに見つめていた。その眼差しは愛おしい娘を見るように優しく慈しみに溢れている。そして穏やかな笑みを浮かべた。
アンドラスの翼から一瞬だけ霊子の揺らぎが感じられた。そして、不可視の腕がルシフェルに伸びていきその胸を貫く。それはルシフェルの永久霊子を正確に握りしめ、消滅させた。
永久霊子を失ったルシフェルは胸のあたりからだんだんと小さな粒子となって消えていった。その魂はただの霊子となって宇宙に溶け込んでいく。もう二度と形を成すことの無い不可逆的な変化だ。それは霊体の完全な消滅を意味していた。
そして宇宙が輝き始める。
♪正しき者の唇は叡智を語り♪♪正しき者の声は正義を語る♪試練を耐え忍ぶ者は幸いなり♪神を愛する者達には約束された命の王冠が授けられるであろう♪♪ああ、なんと清らかでなんと静謐でなんと慈しみ深くなんと美しいことか♪♪ああ、清らかなる白百合よ♪♪
※引用 「聖書・詩編」「ヤコブの手紙」「Ave mundi spes Maria」
全ての人々の魂に賛美歌が響き渡った。それは原罪を持つ人類の魂を揺さぶり、まるで主の前に跪くただの子羊であるかのごとく錯覚させる。
そして人類に最後の審判を下すべく、天使の軍団が降臨した。




