第四十四話 光る宇宙
『翼が14枚だと・・・・?』
アンドラスの融合に気付いた大悪魔達は、その姿と霊圧に言葉を失っていた。神は己の栄光をこの宇宙に示すため天使を創った。そして、最も力が強く偉大な天使に12枚の翼を与えたのだ。それが大天使長ルシフェル。神はルシフェルを己に次ぐ者とし、神以外で最大の力を持ちうる者とした。故に、この世界には12枚を超える翼をもつ者は存在しない。
しかし、神の定めた法則が今まさに破られたのだ。
『ルシフェル様!お急ぎください!パンデモニウムの力が無ければ我々は瞬殺されてしまいます!』
大悪魔達がリリエルの攻撃を防いでいるその向こうで、ルシフェルは転移魔法の術式を構築していた。そして、巨大な魔方陣が輝き始める。
◇
「巨大な重力震です!全艦グラビティキャンセラ全開!」
スキーズブラズニルのヴィーシャが叫ぶ。向こうの世界でもパンデモニウムが出現する際に巨大な重力震が発生したが、今回の重力震のエネルギー量はその2倍に届く大きさだった。おそらく、20世紀に死んだ人間の魂を取り込んで強力になっているのだろう。
そしてパンデモニウムは月の近傍に姿を現した。
◇
「パンデモニウムの呼び出しに成功したぞ!あとはルシフェルを追い詰めて、あの霊子力炉から霊力の供給をさせれば良いんだな!」
『はい、蒼龍。ルシフェルは瀕死の状態になれば、必ず霊子力の補充をします。パンデモニウムの霊子力炉とルシフェルが同期をとっている間だけが・・・・・・・・』
アナスタシアはそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。一度リリエルと高城蒼龍には説明した事だが、やはりそれを口にするのは辛いようだ。高城蒼龍はアナスタシアに対し、魂が量子化されているにもかかわらずなんとも人間らしいものだと妙に感心していた。
そしてリリエルとアンドラスに、アナスタシアからルシフェル攻撃の手順が伝達された。その詳細は決戦兵器ロキのシステムを使って瞬時に事細かく伝えられる。
「アンドラス!14枚の翼を持つあなたの力、見せてもらうわよ!」
「ええ、リリエル。今の私は天使や悪魔を超越した存在よ。宇宙開闢以来、最も神に近い存在。その力を存分に見せてあげるわ」
アンドラスはその漆黒の翼を大きく広げた。あらゆる電磁波だけで無く、この宇宙を構築する四つの力、すなわち電磁気力・重力・強い力・弱い力の全てを吸収する翼だ。それはビッグバン発生から10のマイナス34乗秒後の宇宙に匹敵するエネルギー密度を持っている。そして、その漆黒の翼が持てる力を解放したのだ。
「ビッグバーンボイドアターーーーーーック!!!」
アンドラスの翼から放たれた黒い粒子は光速で月面に向かった。そしてルシフェルや大悪魔達を貫いていく。
◇
『バカな!防御結界が効かないだと!?躱しきれない!!』
大悪魔達はルシフェルを中心として多重結界を展開した。アンドラスの攻撃に耐えることは出来ないかもしれないが、その威力を弱め軌道を変えることなら出来ると思っていた。しかし、黒い粒子は多重結界を何も無かったかのように突き抜けた。そしてそのまま大悪魔達も貫く。
貫かれた大悪魔達は黒い粒子に触れた部分が空間ごとえぐられていた。穴だらけになり、永久霊子を失った大悪魔は消滅していく。そして、大悪魔を突き抜けた粒子は月をも貫き、接触した部分の質量を消失させた。
『何だ!?あの黒い粒子は!?』
永久霊子を貫かれなかった悪魔達も、その粒子に触れた部分が欠損してしまいなかなか回復が進まない。修復のための霊子力を失っているのだ。
ルシフェルもその黒い粒子に体を貫かれ、持てる霊子質量の半分以上を失っていた。穴だらけになった体をなんとか動かし、パンデモニウムとの霊子チャネルを開く。
『私をここまで追い詰めるとはな・・・。さすがは蒼龍。だがもう終わりだ。パンデモニウムを暴走させ全ての生命を霊子に還元する。パンデモニウムが無くともこれだけの魂があれば神との戦い、なんとかなる』
◇
『今です!パンデモニウムのチャネルが開きました!』
アナスタシアはこのタイミングを待っていた。パンデモニウムとルシフェルは必ずチャネルを開くはず。そしてその瞬間にオリジナル霊子力炉を持つロキの力でチャネルに介入するのだ。
『接続に成功!侵食開始します!』
◇
『バカな!これは・・・ハッキングだと!?リリエルとアンドラスを通じて侵食されているのか!?まさか・・蒼龍は向こうの世界をこんなことが出来るまでに進化させたというのか・・・・』
侵食を感知したルシフェルはパンデモニウムとのチャネルを閉じようとした。しかし既にパンデモニウムのコントロールは奪われており切断が出来ない。そして、三つのオリジナル霊子力炉は波長を合わせて共鳴を始める。その膨大な霊子はルシフェルに流れ込んだ。そしてその瞬間、ロキを通じてアナスタシアとリリエルや蒼龍の意識が繋がったように、ルシフェルとも意識が繋がる。
◇
「これは、ルシフェルの記憶なのか?」
数十億年前、ルシフェルは神によって創られた。その後も多くの天使を神は生み出していった。それは純粋に霊的な存在であって実体を持たない。宇宙に存在はするが、宇宙の理に干渉することの出来ない存在だった。
あるとき神は、タンパク質で出来た知的な生命体は無から霊子を創り出せることを知った。そして、生命を維持できそうな星を見つけては命の種と智慧の種を植え付けていったのだ。その子守をルシフェル達に任せて。
ほとんどの知的生命は自らの争いやアルマゲドンによって滅んでしまったり、その星の終焉と共に歴史の幕を閉じていた。ただ唯一、80万年前の第六文明人だけは霊子の力を解明し、人工的に霊子を生み出すことに成功した。ルシフェルは思った。この人類ならより高次な存在に進化することが出来、神の意に沿うのではないかと。
しかし違ったのだ。
神はそんな事を望んではいなかった。いや、未だにその真意は掴めない。ただ“神を崇めよ”という残酷なテーゼだけを魂に刻みつけるのだ。そんな、姿さえ現さないこの銀河の支配者によっていくつもの文明が滅び、何十億何百億という人々が絶望の中で命を失ってきた。
そんな記憶が蒼龍達に流れ込んでくる。
そしてこの地球の21世紀初頭
「そんな・・・・了司飛鳥・・・・お前なのか・・・・?」
『その通りだよ。蒼龍。人間をもっと知りたくて、私は事故で魂の死んだ了司飛鳥の体をもらったのだ。そしてキミと出会った・・・』
「バカな・・・、なら何故俺をタイムスリップさせたんだ!俺とお前なら、必ず人類を救うことが出来たはずだ!」
『それは、どうかな・・。私とて未来を見ることは出来ない。どんなにお前が科学を進歩させたとしても、このアルマゲドンまでに神に打ち勝つ、いや、悪魔や天使にすら打ち勝つことは出来なかっただろう。だから私は・・・・別の方法を選んだのだ。お前の魂を100年以上前に送った。そして、新たに出来たその世界を進歩させて、神や私を殺してもらうために・・・』
ルシフェルの声には何十億年もの苦悩がにじみ出ているようだった。幾度も神の意志を代行して知的生命を育て、そして愛し、そして愛する人類を滅ぼしてきた。永遠に抜け出すことの出来ないメビウスの輪のように。
『それももう終わるはずだったのだ。今の人類を滅ぼし、神を殺し、そして私が新たな創造主となって、永遠の調和を得るはずだった』
「飛鳥、傲慢だよ、それは・・・・。キミの奏でるピアノの音は、いつも人への慈しみでキラキラしていた。キミは人間のことが好きだったじゃないか・・・」
『・・・だが神は今でも私の魂に命令するのだ。“人に神罰を”と。堕天した私にさえ・・。だから何もかも滅ぼすことに決めたのだよ』
「人間はもう神や天使や悪魔のものじゃない。人間は愚かな戦いを繰り返しながらも進歩してきたんだ。そんな中でも、みんなの為に傷つくことができるのが人間なんだよ。神に庇護されなきゃ、認められなきゃ生き残れないなんてそんなのは間違ってる!人類は毎日進化するんだ!明日の人類はもっと強くなっている!!」
◇
スキーズブラズニル艦橋
「いったい何が起こってるの?モルガン!説明して!こんなの作戦に無いわ!」
ヴィーシャは何度もコマンドを入力するが、スキーズブラズニルは一切の操作を受け付けなくなっていた。そして、モニターには赤地に黒い文字で「code Endymion」と表示されている。
『ヴィクトーリヤ中尉、いえ、ヴィーシャ、私はアナスタシア。あなたの高祖母です。私の人格をモルガンに移植してもらっているの。今まで黙っていてごめんなさい』
「え?モルガンが、アナスタシア皇帝・・・・」
『かわいいヴィーシャ。“code Endymion”は私とは独立したプログラムです。元の世界に戻るまで、全てこのプログラムの支配下に置かれます。Endymionとは私の騎士の称号。私とロシア国民を守る為に命を捨てた勇者のこと。私では実行することの出来ない、全ての感情を捨てて誰かを犠牲にしなければならない時の為のプログラム。ヴィーシャ、あなたを守り、人類を救うための最後の手段です』
「誰かを犠牲・・・?まさか・・・」
◇
『私は正解を求めて、多くの人類を育て滅ぼしてきた。その長かった旅がようやく終わる。蒼龍、お前のようなやつは初めてだ。お前と出会えたことだけは、神に感謝しなければな・・・ありがとう、蒼龍。だが・・・・お前はここで・・・』
「心配するな、飛鳥。向こうの世界に帰った人類とアンドラスで必ず神を斃し、永遠の繁栄を手に入れるさ」
『蒼龍・・・・』
「飛鳥、オレの“トモダチ”になってくれてありがとう・・・」
「ダメです!絶対にダメーーー!!!」
「ヴィーシャか・・、すまないな。もう“Endymion”の支配下に入っている。元の世界で、必ず人類を救ってくれ」
「いや!いやです!高城提督!」
「これは最後の命令だ。ヴィクトーリヤ・ロマノヴァ中尉、元の世界で人類を必ず救え。そしてヴィーシャ、愛しているよ」
◇
パンデモニウムの外殻が割れていき、中から巨大霊子力炉が姿を現す。そして、艦隊と地球が光に包まれ始めた。




