第四十三話 アンドラス&アンドラス
『どうやってこれほどの力を・・・』
ルシフェルと大悪魔達、そして地球から駆けつけた多くの悪魔が一斉に攻撃をかけてもリリエルとアンドラスの結界を突破することが出来ない。第三階級の悪魔なら、受肉した肉体を破壊すれば魂はアビス(奈落)に戻っていく。しかし大悪魔や大天使を斃すためには、その“核”である“永久霊子”に直接攻撃がとどかなければならないのだ。
リリエルとアンドラスの中には、天使や悪魔が持っている霊力供給器官である“永久霊子”とは別に人工的な霊力供給器官を感じる。それはニンゲンの宇宙戦艦の中にも感じる物だが、リリエルとアンドラスの物は少し違う波動を持っていた。
『そうか、あれはパンデモニウムに取り込んだ霊子力炉と同じ物だ。80万年前のアルマゲドンで滅んだニンゲン達が作った物か』
ルシフェルは少しだけ逡巡する。パンデモニウムは神を消滅させるために温存している。あの欠陥のある霊子力炉を神にぶつけ、そして神の霊子を、その痕跡ごと完全に消滅させることができる。
『霊子力炉を斃すためには同じ霊子力炉が必要ということか。“真・創世”に必要なアイテムだが、ここで負けてしまえば何もかも振り出しにもどる。それだけは・・・』
◇
「やっぱりルシフェル様の結界は固いわね!どうやっても突破できないわ!」
「しかしリリエル、このまま連中の攻撃を受け続けたらこっちの結界も持たないぞ。霊子力炉の稼働率はずっと90%超えだ。キャパシタ素子もいつ壊れてもおかしくない」
リリエルとアンドラスは、それぞれ背中を預けてルシフェル達の攻撃を防ぎ、そして攻撃を仕掛けていた。しかし、お互いに核爆発を遥かに凌駕する攻撃を打ち合っているが、どちらも決定機に欠けている。さらには地球から大量の悪魔達が到着してきており、徐々に押し込まれつつあった。
「アンドラス!このままじゃやられるわ!あなた、なにか良い案は無いの?私と違って80万年以上も生きてるんでしょ!」
「普通じゃルシフェル様と対等に戦うことだって出来ないのよぉ。ギゼの作った霊子力炉と共鳴しているからここまで戦えているって事わかってるでしょぉ。これ以上良い案なんんて・・・・・・・・・ねぇ、アナスタシア、聞こえてる?ちょっと出来るかどうか計算してもらいたいことがあるんだけどぉ」
◇
『あそこにルシフェル様と“わたし”が・・・・』
ルシフェルからの召喚を受けて、地球から悪魔達が月を目指していた。そして、その中にはこちらの世界のアンドラスもいる。
前回のアルマゲドンでは天使として悪魔と戦ったアンドラス。80万年前に愛したギゼを失い、その望みでもあるニンゲン文明の発展のために身を投じてきたのだ。しかし、1万年前にルシフェルからこの世界の“真実”を知らされてしまった。80万年前、ギゼ達を殺したのは神の差配の結果であったということ。神は自らを殺すことが出来る技術は許容しないのだと。だからルシフェルの計画に賛同して堕天したのだ。神を殺し、ルシフェルが新たな世界をつくるという“真・創世”に。
『向こうの世界の私は、なぜルシフェル様と戦っているの?ルシフェル様と新たに作る世界こそ、ギゼが望んでやまなかった世界なのに・・・』
◇
「アンドラスさん、計算が出来ました。可能です。ラグランジュ1に魔方陣を構築します。そこに移動してください」
「ありがとうアナスタシア!リリエル、ちょっとラグランジュ1に行ってくるわぁ!その間ここをよろしくねぇ!」
「えっ!?何よ!何でちょっとコンビニに行ってくるみたいな雰囲気なの?」
◇
『ルシフェル様、アンドラスが離脱していきます。おそらく地球から来ている悪魔達を迎撃に行くものかと』
『うむ、戦力の分断に成功したな。私はパンデモニウムを呼び出す。その間、リリエルの攻撃を防いでくれ』
◇
『ルシフェル様、もうすぐ到着します。今しばらく・・何!?』
こちらの世界のアンドラス達がラグランジュ1にさしかかった時だった。前方から無数の光線が放たれ、月に向かっていた悪魔達が光の粒子に還元されてしまったのだ。周辺は斃された悪魔達の濃密な霊子の“ゆらぎ”によって満たされる。
「見つけたわよ!“わたし”!!」
『あ、あなたは“向こうの世界のわたし”!?なぜルシフェル様の邪魔をするの!?あなたもギゼの悲しみを知ってるんでしょ!?』
その言葉を受けたアンドラスは“ニヤッ”と笑みを浮かべる。そしてその勢いのままこちらの世界のアンドラスに激突した。
『えっ?そ、そんな・・』
こちらの世界のアンドラスは、激突した向こうの世界のアンドラスの顔を間近に見る。自分で言うのもおかしな話だが、向こうの世界の“わたし”の方が何故か神々しく美しかった。
二人は宇宙空間で抱き合うように漂う。そして、こちらの世界のアンドラスの胸には霊子力炉の力で形成された光の剣が深々と刺さっていた。
「ギゼの悲しみも、ギゼの望みも知っているわ。だから、あなたにも解って欲しいの。あそこにいる高城蒼龍は、ギゼの生まれ変わりなのよ」
“ギゼの生まれ変わり”と言ったが、ギゼの魂が転生しているわけでは無いと知っている。それはギゼが望んだように、高城蒼龍は科学の力で人類をより高次元の存在に進化させるということを意味していた。
そして切り裂いた胸の中にアンドラスは右手を差し込む。そこには、アンドラスの魂を形成する“永久霊子”が存在していた。
『リリエルの中の・・・あの男が・・・ギゼ?』
「そうよ。ギゼの意志を継ぐ者よ。あいつなら人間の力で、科学の力で人間を導くことが出来るわ」
アンドラスは右手を通して、こちらの世界のアンドラスの永久霊子に直接語りかけた。それは言葉を介することの無い、魂と魂の会話だった。その刹那の瞬間に、人間に例えるなら数百年分にも匹敵する情報の交換がなされたのだ。
『そうなのね・・。あの高城蒼龍なら・・・ギゼが望んだ世界を実現できるのね・・・』
次の瞬間、二人のアンドラスは強烈な光に包まれる。その光は周りの霊子ゆらぎを取り込んで霊圧を上げていった。
◇
「何!?この霊圧は!?アンドラス!あなた、何をしたの!?」
「アナスタシア!何が起こってるんだ!?アンドラスは、メアリーは無事なのか!?」
ラグランジュ1で発生した巨大な霊圧は、それは魂のスーパーノヴァと表現するにふさわしいものだった。膨大にふくれあがった霊子力は、中心の一点に向かって圧縮されていく。その一点は体積ゼロ、霊圧無限大の特異点となり光速で回転を始める。そしてその特異点から膨大な霊子の放出が始まり、一つの形へと成していく。
『アンドラスは、こちらの世界のアンドラスの魂との融合を果たしました。ラグランジュ1を中心とする魔方陣を作り、そこへ誘い込んだのです。同じ波動を持った魂同士なので、私のサポートで実現できたのですが・・・・まさかこれほどとは・・・・』
魂の融合までの計算はアナスタシアの絶大な能力によって完了していた。しかし、融合した後がどうなるかまでは計算結果が出ておらず“賭け”のような状態だったのだ。
『蒼龍、リリエルさん。あそこに出現するのは天使や悪魔を超えた存在です。おそらく、宇宙開闢以来初めての現象・・・』
直視することが出来ないほどの光の中で、アンドラスは徐々に姿を形成していった。そして光は収まり、その姿が宇宙空間に現出する。
それはリリエルが堕天したときと同じように、複数の翼にくるまれた蛹のような物体だった。ただ、その翼の色は光を完全に吸収している漆黒の闇だ。他の悪魔達の黒い翼よりもさらに果てしなく黒い闇の色であり、それはもはや“無の空間”と言うのがふさわしいほどだった。そしてその翼は徐々に開いていく。翼が開くとその隙間からまばゆい光が漏れ出してくる。
翼が完全に開ききったとき、そこには白く輝く美しい天使の姿をしたアンドラスが存在していた。そして、アンドラスの持つ翼の数は14であった。