第四十二話 パリは燃えているか
「司令部とは連絡がつかないのか!?」
フランス陸軍軽航空隊に所属するリオン中尉は叫んだ。異形の生物の攻撃から市民を誘導し、地下下水道に立てこもって既に12時間以上が経過した。パリの地下下水道は世界最大の下水道とも言われ、ほとんどの水路は人が何人も並んで通れるくらい大きい。しかし、流れる水は腐臭を放っていて息が詰まる。
約30時間前、突如ラッパの音が世界を駆け巡り空が割れて天使と悪魔が降臨してきたのだ。そしてリオンの所属する部隊はパリ防衛の為にヘリコプターで急行した。そこには市街地を這い回り、逃げ惑う人々を喰っている悪魔達の姿があった。
ヘリに搭載された対戦車ミサイルによって悪魔達に攻撃をかける。命中すれば悪魔の肉体は砕け斃すことが出来たが、搭載したミサイルはすぐに撃ち尽くしてしまい地上に降りての作戦となったのだ。
ミサイルや20mm機関砲でなんとか倒すことの出来た悪魔達だったが、携行の5.56mmや7.62mm機関銃では効果が薄かった。逃げ惑う数百人の人々を誘導して地下下水道に逃げ込んだが司令部との連絡も途絶えてしまい、もはや神の審判を待つだけとなっていたのだ。
「一匹そっちに行ったぞ!」
薄暗い下水道の中で機関銃の発砲音が反響する。数人で一斉に射撃し悪魔を足止めにして手榴弾を複数投げ込んでなんとか撃退する。こんなことをもう半日以上続けているのだ。
その間にバリケードは次々に突破され後退を余儀なくされた。目の前で何人もの同僚の兵士やパリ警視庁の武装警官が食い殺されてしまった。もはや市民を守っている兵士も避難民も限界に達しようとしている。
「ダメだ!突破される!」
「くそったれ!数が多すぎる!」
体高2メートルくらいの悪魔が複数で迫ってきた。ひたすらに銃弾をたたき込んでなんとか足止めをしているが、もはや残弾もほとんど無い。これを撃ち尽くしてしまったら、自分たちも避難している人々も悪魔達に生きたまま喰い殺されてしまう。あきらめてしまいたくなる自分自身を心の中で怒鳴りつけ、なんとか奮い立たせた。自分の後ろには何百人もの市民がいる。あどけない子供たちもたくさんいるのだ。最後の瞬間まで彼らを守って戦わなければならない。
「う、うわっ!!」
銃撃で倒れた悪魔の後ろから別の悪魔が飛び出してきた。そして、自分の隣にいたパリ警視庁の武装警官の頭をわしづかみにする。悪魔はそのまま彼を持ち上げて大きな口を開き彼の腹に噛みついた。そして、喰いちぎり臓腑をぶちまける。
“ああ、もうだめだ・・・”
目の前で人間を喰っている悪魔はリオン中尉を見下ろした。ヤギの瞳のような横長の瞳孔がリオン中尉の恐怖心を貫く。
と、その時だった。数十体の悪魔の向こうで何かが爆発したのだ。その爆発はまばゆい光を放ってはいるが音はそれほど大きくは無い。そして小口径ライフルを連射するような音が聞こえてきた。
「援軍だ!まだ生きている部隊があったんだ!」
悪魔達は後方から接近する何者かに気付きそちらの方を向く。そして次の瞬間、あれほど斃すのに苦戦していた悪魔達が光の粒子になって消えていった。
「えっ?いったい何が?」
バリケードで防戦していた兵士や警官は驚きのあまり声が出ない。そして光の粒子が完全に消えた向こうから、十数人の人間が走ってくるのが見えた。
「撃つな!我々は味方だ!」
先頭を走っていた男がヘルメットのバイザーを開けて叫んだ。しかし見たことの無い戦闘服を着ている。白色を基調とした上下一体型のツナギのような服で、どちらかと言えば宇宙服をスリムにしたようなイメージだ。それに持っている小銃もフランス軍の物ではない。というか見たこと無い形をしている。胸には国章か部隊章を付けているが、スタートレックの三角形のマークの上に地球儀が重なったような意匠でリオン中尉の知らない物だった。
「援軍に感謝する!私はフランス陸軍軽航空隊第三戦闘ヘリコプター連隊のリオン・ラファラン中尉だ」
フランス国内なので通常は国名を省くのだが、フランス軍では無い戦闘服に部隊章の彼らが外国の部隊の可能性を考えたのだ。それに、あの悪魔達を一撃で光の粒子にしてしまうような武器をフランス軍が秘密裏に開発しているとも思えなかった。
「地球連邦宇宙軍銀河中心核侵攻艦隊第27ミョルニル部隊所属犬神静間中尉です」
「・・・・・えっ?」
◇
「バスチーユ広場を中心にかなりの数の悪魔を掃討しましたが、次から次へと出現してきます!きりがありません!地下下水道に突入した犬神中尉の部隊が避難民に接触出来たようです!」
「いったいこれだけの数がどこに隠れていたんだ。ランチ(小型艇)を出すのは危険だ!この艦で強行着陸するぞ!」
上空に待機していた巡洋艦レーベスビューを中心とするフランス方面艦隊は、生き残っている市民を収容するため市街地へ強行着陸を開始した。
◇
「うおっ!?なんだ、この揺れは!?」
地下下水道で避難民を誘導していたリオン中尉は、爆発による衝撃とは違う振動に足を止める。天井からレンガの欠片が墜ちてきて、下水道が崩れてしまうのでは無いかと危惧した。
「リオン中尉。大丈夫です。避難民を収容する為に巡洋艦が着陸した振動です。出口まであと300mです。急ぎましょう」
悪魔達を撃退した部隊は地球連邦宇宙軍だと名乗った。確かに見たことの無い戦闘服だったし、悪魔を倒せる強力な武器を装備しているのは理解できた。しかし、体高15メートルくらいの人型機動兵器に乗って降下してきたって言うが信じられるか?それに“地球連邦宇宙軍”ってなんだ?ガンダムの見過ぎじゃ無いのか?ガンダムはフランスでも人気アニメだったので、オレも1stから最新の「機動戦士ガンダム 魔法の少尉ブラスターマリ」まで全部見たよ。なんならマリコ・スターマインの抱き枕まで買っちまったよ。毎年パリで開かれるJapanExpoには必ず行くし、気に入ったアニメの円盤もたくさん所蔵してるよ。でもな、そんな俺でも平行世界から来た地球人だって言われて“はい、そうですか”って言えるわけが無いじゃないか。ジークアクスの”向こうの宇宙”じゃあるまいし。しかし、この犬神中尉達が着ている戦闘服にはパワーアシスト機能があって、片手でけが人を軽々と抱えて走って行けるんだぜ。装備してる武器も.22LRの銀の弾丸に霊子力を乗せて発射するそうだ。その霊子力は背中に背負ってる霊子キャパシタに蓄霊されているらしい。どっちにしたってもう彼らを信用するしか無いのは解ってる。でもな、俺の常識がどうしてもそれを受け入れることが出来ないんだ。
「この出口を確保しています!順番に急いで登ってください!」
犬神中尉に促されて地上への梯子に手をかける。そしてマンホールから頭を出して外の様子をうかがった。
「リオン・ラファラン中尉ですね。地球連邦宇宙軍銀河中心核侵攻艦隊第27ミョルニル部隊所属マリー・タチバナ中尉です」
肉声では無くて、拡声器から聞こえる女性の声だ。さっきの犬神中尉より遥かに流ちょうな、ネイティブとしか思えない美しいフランス語が響く。そしてその声のする方向を見上げた。
「な、なんだ、これは?」
そこには犬神中尉の言ったとおり、体高15メートルくらいある人型機動兵器が立って居るではないか。すごい!すごすぎる!何年か前に日本旅行をして、静岡の実物大ガンダムを見たことがあるが、それに匹敵する大きさだ。しかも人が乗って動く事ができる本物だ。
そしてミョルニルという機動兵器の向こうには、空を覆っている巨大宇宙戦艦が見える。犬神中尉は巡洋艦と言っていたが、この大きさで巡洋艦なのか?ざっと見て1キロメートル以上はありそうだ。
「中尉、避難民の誘導をお願いします」
言葉を失って見上げていると、タチバナ中尉から避難を促されてしまった。しかし、この現実をどう受け入れて良いものか思案しているのも事実だ。
「本当に平行世界の地球人なんだな・・・。ガンダム・・というよりはアルドノア・ゼロのアレイオンって感じか・・・」
「ガンダム?」
「!?ガンダムを知らないのか?本当に平行世界の地球人なのか?」
平行世界でも地球人だったらガンダムを知っているはずだろう。もしかして、地球人を装った異星人なのではという疑念が芽生えてしまう。
「ガンダムが何を意味しているかはわかりませんが、我々は平行世界の地球人です。避難民を収容します。急いでください」
◇
「艦長、地下下水道避難民の収容が完了しました。市内の何カ所かで電波の発信が確認されています。順次救出部隊を派遣しております」
「ご苦労、副長。出来るだけ救出してくれ」
救出に当たっている巡洋艦レーベスビューのタッバール艦長は天井に配置されたモニターに目をやる。そこには直上の外の様子が映し出されているが、分厚い雲と粉塵によって何も見えない。そしてコンソールを操作して衛星軌道上の艦隊のカメラに接続する。画面には半壊した月と、そのクレーターの中で戦うリリエル達の姿があった。