第四話 枢機卿
「お初にお目にかかります、天使リリエル様、高城提督。枢機卿を拝命しておりますブルース・グレゴリーです。こちらは天使リリエル様とお話をさせていただくシスターのマリー・タチバナ(立花マリー)です。タチバナは地球連邦陸軍の中尉をされております」
「地球連邦陸軍参謀本部作戦課中尉マリー・タチバナであります」
「『えっ?』」
高城蒼龍とリリエルは同時に驚きの声を漏らしてしまった。リリエルの声はシスターのタチバナには聞こえてしまったようだ。リリエルは相手を選んで念話が出来るのだが、気を抜くと周りのエルフみんなに聞き取られてしまう。
「?」
タチバナ中尉は高城とリリエルの反応に不思議そうな表情を向けた。
「どうかされましたか?高城提督?」
タチバナ中尉をまっすぐに見つめたまま固まっている高城を見て、枢機卿は訝しげに問いかける。
「い、いえ、枢機卿、何でもありません。あ、こちらは提督附武官のヴィクトーリヤ・ロマノヴァ中尉です」
「ヴィクトーリヤ・ロマノヴァ中尉であります」
――――
「隣人を愛しなさい。信じる神が違っても、肌の色が違っても、人類として生まれた者は等しく神の子でありあなたの隣人なのです。そして心から神の栄光と人々の安寧を祈ってください。十字を切っても切らなくてもかまいません。跪いても跪かなくてもかまいません。神は形を求めないのです。と、リリエル様はおっしゃっています」
「おおお・・天使リリエル様。ありがたきお言葉。この啓示を胸に、全人類の幸福を祈り続けましょう」
リリエルの啓示を聞いた枢機卿は、涙を流しながら跪いていた。目の前には、リリエルのホログラムが光っている。
宗教関係者が来訪するときは、高城の見ているリリエルの姿をホログラムで映し出すようにしている。ちなみに撮影は禁止だ。もちろんホログラムはしゃべらないので、エルフによる通訳が必須となる。高城は、自ら宗教関係者に対してリリエルの言葉を伝えることはしない。必ず宗教関係者のエルフを連れてきてもらうようにしている。これは誤解防止のためだ。
「天使リリエル様が人と共に戦ってくださるのであれば、何の心配もありません。ナチスやスターリンを打ち倒したときのように、悪魔達を打ち倒し良き者達を神の王国へお導きくださるものと信じております」
『なんか他力本願な人って苦手なのよね。浄土真宗への改宗を勧めてもいい?』
『やめてくれよ、リリエル。こんなことで問題起こすなよ。台本通りにしてくれよ』
「良き者と悪しき者がいるわけではありません。等しく人間には、良いところと悪いところがあるのです。そして、神や天使は人に啓示を与えることがあっても、力を与えることはありません。神は人が自らの未来を自らの力で手に入れることを望まれております。と、リリエル様はおっしゃっています」
「ありがたきお言葉。天使リリエル様の啓示を人々に広めて、悪しき心を戒め良き心を伸ばすようにいたします。私はしばらくハイチャリティに滞在させていただきます。その間、何かあればいつでもお呼びください。天使リリエル様の僕であるこのグレゴリー、すぐに駆けつけさせていただきます」
枢機卿は席を立って深々と頭を下げた。そしてタチバナ中尉と共に部屋を辞そうとする。
「あ、ところでタチバナ中尉もハイチャリティに?」
「はい、高城提督。シスター・タチバナは陸軍からお借りいたしましたので別行動なのですが、陸軍の作戦課通信士官として高城提督やドレーク参謀総長のお近くに配属されると聞いております。それであっていたかな?シスター」
「はい、地球に配置される陸軍部隊との連絡業務に当たらせていただきます。時々お目にかかることがあるかと思います」
「そ、そうか、ご苦労だった。あ、陸軍との連絡業務もよろしく頼む、タチバナ中尉」
――――
次の予定まで少し時間があるので、ヴィーシャが紅茶を入れてくれた。高城はソファーに深く腰を沈め、紅茶の香りを吸い込んだ。
枢機卿との会談が終わった後、ヴィーシャはあからさまに不機嫌になっている。タチバナ中尉を見つめていた高城の視線が気になっているのだろう。
『ねえ、怒ってるわよ。ヴィーシャになんか言ってあげなさいよ』
『そんな事言ってもなぁ』
「高城提督、リリエル様、目の前でヒソヒソ話をするのは止めていただけませんか?」
リリエルはヴィーシャに聞こえないように高城と話していたのだが、ヒソヒソ話をしている事を感じたらしい。女の勘は恐ろしい。
「いや、そのぉ、リリエル、説明してよ」
「もう!そういうことだけ私に振るの止めてもらえる?まあ、でも仕方ないわね。さっきのタチバナ中尉、こいつ(高城)の奥さんだった和美にそっくりなのよ。瓜二つってほどじゃないけど、それでもよく似てるわね」
マリー・タチバナ中尉は日系のフランス人との事だ。地球連邦陸軍の連絡部隊40名くらいが赴任してきているのだが、その一人らしい。遺伝子操作をされたエルフなので、ミョルニルの操縦訓練も受けている。いざというときには、実戦部隊として前線に赴くそうだ。
「奥様に似てらっしゃるんですね。ま、まさか転生とか?」
「何言ってるの?ヴィーシャ。そんな非科学的なことあるわけ無いじゃない」
「いや、天使のお前がそれ言う?まあ、ヴィーシャ。それでちょっと驚いただけだよ。たいしたことじゃない」