第三十六話 パンデモニウム攻略戦(4)
「なんで、これがここにあるの・・・?」
その霊子力炉の存在に、アンドラスは80万年前の悲劇を思い出す。ギゼの開発した霊子力炉には重大な欠陥があったのだ。
出力を向上させるために、霊子力炉の内部で霊子波を何回も反射させて干渉を引き起こす構造になっている。そして、それが暴走すると周りの生命を光に還元してしまう。このグワンドロー型霊子力炉の場合、その効果半径は50万キロにもおよぶのだ。
ギゼの開発したオリジナルの霊子力炉は決戦兵器ロキにも搭載されているが、これも同じ欠陥を抱えている。ただ、小型霊子力炉は暴走してもその効果半径は数百メートルなので問題にならなかった。しかし、大型霊子力炉の被害はその比では無い。
「だめ!それを破壊したら暴走して辺りの生命を光に還元してしまうの!止めさせて、リリエル!」
「アンドラス、どういうこと?でも、霊子力炉を破壊しないと地球にぶつかってしまうわ。霊子力の供給を止めないとパンデモニウムの破壊や軌道を変えたり転移させることも出来ないのよ」
霊子力炉を破壊してしまったら、この宙域にいるミョルニル部隊と高城蒼龍にメアリーも消滅してしまうだろう。そうなってしまってはルシフェルを斃す手段が無くなってしまう。パンデモニウムの中心にいる一部のミョルニル部隊に霊子力炉を破壊させて、その他の部隊を退避させるという方法もあるがそんな特攻作戦を高城が命令するとは思えない。
「モルガン、いえ!アナスタシア!あなた、アナスタシアなんでしょ!リリエルと同じように私にもチャネルを開いて!私の記憶を全部見て!ギゼと一緒にあの霊子力炉を開発したの!詳しいことは理解してないけど、設計図の全部を覚えているわ!」
アナスタシアはアンドラスとチャネルを開き、膨大な記憶の全てを解析する。ギゼに召喚されて共に過ごした日々。悪魔に対抗するためギゼと研究を重ねた日々。それは、アルマゲドンに備えて人類の発展を加速させた有馬勝巳や高城蒼龍との日々に重なって見える。
『わかりました、アンドラス。対策をシミュレートします。地球到達まであと1時間10分、その間、なんとしても霊子力炉までの通路を確保しておいてください』
◇
「霊子力炉を攻撃するなってどういうことなんだ!?」
パンデモニウムの中心に到達した犬神やタチバナたちは、次から次へとわき出る悪魔達との攻防戦を展開していた。霊子力炉への攻撃停止命令が出るまでにガーランド小銃やその他の武器で攻撃をかけてみたのだが、強力な結界によって防がれて霊子力炉の破壊は出来ていない。
「霊子力炉が暴走すると周囲の生命体を光に還元してしまうようね。どっちにしてもミョルニルの兵装じゃあの霊子力炉を破壊することは出来ないわ。今、工兵部隊が小型霊子力炉を運び込んでるそうよ。それを点火栓に使うみたいね」
「しかしタチバナ中尉、その点火栓を設置したとしてもオレ達が撤収したら悪魔どもに破壊されるんじゃ無いのか?」
「そうね。どうするかは命令次第だと思うけど・・・。犬神中尉、あなたも入隊時に宣誓書に署名したでしょ。“身をもって責務の完遂に努める”って」
二人とも、嫌な汗が背中に流れるのを感じた。突入したミョルニル部隊の損耗率も5%を超えている。仲の良かった戦友にも死者が出ているが、それでも死ぬことを命じられた訳ではないのだ。
「人類のためか・・。どちらにしても命令に従うだけだな。とにかく点火栓の霊子力炉が到着するまでここを死守するぞ!」
◇
アナスタシアは入手できたあらゆる情報を解析し最善の対策を見つけるため、何百億回にもおよぶシミュレーションを実行していた。そしてついに唯一の結論に達することができた。兵士に死ぬことを命じなくても良い唯一の方法。しかし、いくらかの不確定要素もある。
『計算が完了しました!持ち込んだ霊子力炉を指示の通りに配置してください!大型霊子力炉の霊波を共鳴させて悪魔を寄せ付けないようにできます!設置したらミョルニル部隊はすぐに退避を!その後、大型霊子力炉を破壊します!』
アナスタシアはミョルニル部隊への指示と同時に、高城とメアリー、それに艦隊の内6666艦に対して配置に着くよう命令を出す。その中には旗艦スキーズブラズニルも含まれていた。
「アナスタシア、この配置は魔法陣なのか?」
艦隊の配置は、パンデモニウムを包み込むような形になっている。そして、それぞれが幾何学的な模様を成していた。
『はい、蒼龍。ここまで地球に近づいていたら、霊子力炉を破壊したとしても完全にその軌道を変えることは出来ません。破壊できたとしても、その破片によって地球が甚大な被害を受けてしまいます。それに、転移魔法に対しても強力な対魔法術式がパンデモニウムに埋め込まれています。なので、大型霊子力炉の暴走エネルギーを利用してその対魔法術式を解呪します』
パンデモニウムにはこれ以上転移が出来ないように対魔法術式が埋め込まれていた。確実に地球にぶつけるか、もしくは至近で霊子力炉を暴走させるためだ。そのことを解析したアナスタシアは、より強力な霊子力によって対魔法術式を解呪し転移させるスクリプトを書き上げたのだ。そしてそのスクリプトは魔法陣を形成する全ての艦にインストールされた。
「わかった、アナスタシア。君に任せる。頼むよ」
リリエルとアンドラスも指示に従って配置に着く。リリエルがパンデモニウムの直上に、アンドラスが直下に配置し、同時にパンデモニウムに向けて悪魔の咆哮を放つ。巨大霊子力炉の周囲に設置した点火栓の起爆と同調させ、その巨大な霊子力を艦隊の魔法陣によって押さえ込むのだ。
「リリエル。アンドラスとタイミングを合わせて、ありったけの力で咆哮を頼む」
「任せて、蒼龍。なんかアンドラスと波長が合うのよね。失敗する気がしないわ」
『カウントダウンをはじめます。4・3・2・1・今!』
「「「やらせるかーーーーーーー!!!!」」」
リリエルがまさに咆哮を放った瞬間、その進路上に一体の悪魔が現出した。そして防御魔法陣を展開しパンデモニウムを守ろうとする。
「アザゼル!?生きていたのか?」
リリエルはトランス状態に入っていて、咆哮の放出が終わるまで対応が出来ない。当然ミョルニルではその排除も不可能だ。
「「「やらせはせん!やらせはせんぞ!貴様らごときにルシフェル様の栄光をやらせはせんぞ!」」」
アザゼルは持てる力の全てを使って魔法陣を展開した。しかし、その試みは一閃の光と共に消え去ってしまう。12枚の羽根を持ち、ルシフェルと同等の力を得たリリエルに対抗することなど、たった一体の悪魔に出来ようはずが無かった。ただ最後に、自身の霊力をリリエルの咆哮に溶け込ませる事に成功した。それはまるで呪いのように時空を歪めていく。
パンデモニウムの上と下から放たれた咆哮は、パンデモニウムの霊子力炉と反響しすさまじい霊子力を放出した。その霊子力を艦隊の魔法陣が受け止め、転移魔法の発動へと繋げる。そして、パンデモニウムはまばゆい光に包まれていった。
◇
月面アルキタス基地
「ドレイク参謀総長!パンデモニウムにおいて転移魔法の発動を確認しました!激しい霊波と電磁波を放射しています!」
月面基地の観測モニターは光によって真っ白に染まっていた。あまりにも激しいエネルギーが放出されたため、観測機器がダウンしてしまっているのだ。
「なんとか間に合ったか・・・。艦隊は?ロキと高城提督は無事なのか!?」
「まさか、溶けて蒸発してしまったのでは・・・」
転移魔法によって引き起こされた光はあまりにもすさまじく、このエネルギーの中で生物が存在を維持できるのか疑わしいレベルだった。観測機器が一次的にダウンしていることもあり、基地内に不安が充満していく。
「霊子波レーダー回復します!パンデモニウムの反応ありません!転移魔法は成功です!えっ?あ・・・まさか・・そんな・・・」
「どうした!艦隊はどうなった!?」
レーダー手は慌てて何度も手元のデータを確認している。観測機器が順次復旧するのに従って正確な情報が伝えられてきた。
「魔法陣を形成していた艦隊の反応がありません・・・。ロキもです。破片も観測できないので、おそらく転移魔法に巻き込まれてしまったのでは・・」




