第三十五話 パンデモニウム攻略戦(3)
「金星を?しかし、金星が無くなってしまったら地球にも影響が出るのでは無いか?」
ドレーク参謀総長の懸念も当然だった。金星の重力は地球の公転軌道にも影響を与えている。金星が粉々になって、火星と木星の間にあるアステロイドベルトのような状態になってしまうと地球の軌道もずれてしまうだろう。
『金星の代わりは人工重力装置でなんとかなります。今はあの霊子力の流れを止めなければパンデモニウムの攻略が出来ません』
パンデモニウムの位置は地球と金星の直線上から50万キロほどずれているので、攻略中のミョルニル部隊へ影響は無いだろう。太陽系から金星が失われてしまうことに躊躇はあるが、モルガンの判断は感情を排して合理性だけを追求したものだ。人間がとやかく考えるよりはるかに正しい。
「わかった、モルガン。当職の責任において金星の破壊を命じる。全艦、全火力を持って金星を破壊する!」
地球圏にあるダモクレスの剣と25000隻の艦隊は、もてる破壊力の全てを金星に向けて発射した。恒星ですら破壊できるほどの火力だ。これが直撃すれば金星など跡形も無く消え去るだろう。
◇
「金星を破壊するのか?金星と言えばルシフェルの現し身。霊子力を供給する何かがあるということか?」
「そうね、蒼龍。神はルシフェル様に金星をお与えになっていたわ。堕天してからは加護を失って、今のような生物の住めない星になっちゃったけど。何かしらの仕掛けがあるのかも」
リリエルによると、ルシフェルが堕天するまでは海と清浄な大気があり天使達の憩いの場だったらしい。しかし、ルシフェルの堕天後は忌むべき地として放置され今の姿になってしまった。
地球艦隊が金星に向けて砲撃を開始して2分後、その天を割るほどの火力は金星を直撃する。そして明けの明星と讃えられた美しく輝く星は、人類の放った科学の力によって粉々に爆散した。その破片の多くは自身の重力によって元の場所に戻ろうとするが、一部は亜光速にまで加速され全方向に散らばっていく。
「金星からの霊子力の流れが止まりました。これで悪魔達へのバフが低下したはずです」
ヴィーシャからの報告が届く。悪魔達へのバフ効果は低下したが、パンデモニウム本体の防御は相変わらず強固でやはり艦隊からの砲撃は受け付けない。どうしても内部にある霊子力の供給源を絶たなければならないようだ。
「343ミョルニル大隊が突入に成功しました!ポイントA388・F293!」
悪魔の抵抗が弱まったため、ミョルニル部隊がパンデモニウムに取り付くことができた。そして出入り口を破壊して次々に突入していく。
◇
「タチバナ中尉!右に2体だ!頼む!」
犬神中尉とタチバナ中尉も突入し、パンデモニウムの中央にある霊子力の塊を目指していた。内部には空気が無かったので、ガーランド小銃が使えたのは僥倖だった。
※超極小の銀の弾丸を発射するため、空気抵抗のある場所では十分な威力を出すことが出来ない
中の通路は、大型の悪魔でも通れるようになっているのかミョルニルでも進むことが出来た。通路は中世の城の中のように石造りで、所々に燭台がありろうそくの灯りが揺らめいている。
「空気が無いのに蝋燭の火か。ファンタジー要素強めだな」
「犬神中尉、無駄口を叩いていると死ぬわよ」
悪魔達は咆哮だけでは無く大鎌やメイス(鎚矛)を持って襲ってくる。そして、突入したミョルニル部隊も少なくない損害を出していた。
◇
「ガーゴイル像を全て破壊した。これよりミョルニルの突入を支援する」
リリエルとアンドラスは、城郭に設置してあったガーゴイル像を全て破壊することに成功した。これで、遠距離から地球を破壊するような攻撃は出来ないはずだ。しかし、パンデモニウムの動きを止めるか完全に破壊しなければ、このまま地球に衝突してしまう。時速400万キロで衝突した場合、地球は原型をとどめることは出来ないだろう。
リリエルとアンドラスは、パンデモニウムの城郭や建物を破壊してミョルニル突入の支援に入る。内部構造のスキャンの結果、ロキが突入できるサイズの通路が無かった為だ。
「ルシフェルや第一階級の悪魔が出てこないがどういうことだ?リリエル」
かなりの数のミョルニルが侵入に成功しているが、出てくるのは第二階級か第三階級の悪魔ばかりで、強力な悪魔の抵抗がない。
「解らないわ。彼らの波動を感じることが出来ないのよ。パンデモニウムの中心に巨大な霊子力があるのは解るんだけど、それもなんか不自然なの。天使のモノでは無いのだけれど、悪魔のモノとも違う気がする」
「そうねぇ、確かにおかしいわぁ。この霊子のパターンは単調なのよねぇ」
パンデモニウムの霊子力が巨大である事は疑いようが無い。しかし、その霊子力の波長にはリリエルもアンドラスも違和感を持っているようだった。
◇
「犬神中尉、あの扉の向こうね。巨大な霊子力が漏れてきているわ」
形而上の生物や悪魔の姿が彫り込まれた禍々しい扉が行く手を阻んでいた。そしてその向こうに巨大な霊子の塊がある。それを破壊することができれば、パンデモニウムを止めることが出来るはずだ。
犬神とタチバナはその扉を爆破して中に突入する。
「これは・・」
そこは巨大な空間だった。見た限りほぼ球形の空間で、直径は2キロメートルくらいありそうだ。そして、その中央に直径500メートルくらいある巨大な物体が浮かんでいる。
「これは、霊子力炉なのか?悪魔が何故?」
それは、今まで見たことの無いほど巨大な霊子力炉だった。地球の霊子力炉と類似しているが、それ以上に既視感のある形をしている。
ミョルニルで撮影された映像はスキーズブラズニルやロキのコンソールにも送られてきた。霊子力炉の壁面には文字が書かれていて、それを見たアンドラスは言葉を失う。
“安全第一 グワンドロー型霊子力炉 二号機”
それは80万年前のアルマゲドンで暴走し、第六文明人を滅ぼした最終兵器グワンドローの予備の霊子力炉だった。




