第三十三話 パンデモニウム攻略戦(1)
「ワープアウトした物体は時速400万キロで接近中です!あと5時間足らずで地球に到達します!」
地球圏に布陣した艦隊は、その艦首をパンデモニウムに向けた。いつでも全力攻撃が出来る状態だが、その攻撃が果たして効果があるのかどうか不明だ。このような要塞が現出することは想定していない。
「敵要塞をパンデモニウムと呼称する!アナスタシア、解析を頼む!解析のデータ取りにの為にも一撃を加えた方がいいだろうな」
『はい、蒼龍。まずは“ダモクレスの剣”の実体弾と絶対防衛圏艦隊の陽電子砲による一斉射を提案します。これがどの程度の効果があるかわかりませんが、敵の防御方法がわかれば解析の手がかりになります』
◇
ラグランジュ3 ダモクレスの剣
「砲門開け!目標、パンデモニウム!」
ダモクレスの剣に搭載されている主砲の格納ドームが開口する。そして、92口径4600mm砲が姿を現した。
この主砲は、直径4.6メートルもある銀の実体弾を打ち出すことができるものだ。霊子を載せた重量2000トンの銀の塊を、光速の99.99%で打ち出す。この砲弾の相対エネルギーは16ゼタジュールにも達し、これは1秒間に地球が受け取る太陽光エネルギー総量の10万倍に相当する。
「発射!」
ダモクレスの剣から合計3発の主砲弾が放たれた。直撃すれば月さえ粉々に砕けるほどの破壊力を秘めている。これが万が一にも通用しなければ、事実上人類に対抗できる手段は無い。
そして、30秒ほど遅れて絶対防衛圏艦隊の陽電子砲が発射された。宇宙空間にかすかに存在する物質や宇宙線と干渉して、薄い光が進んでいく様子が見える。パンデモニウムまで2000万キロ近くあるので、着弾まで1分ほどだ。パンデモニウムの様子は、各宙域に配置された無人観測機器によって逐次報告されていた。
そして、銀の巨弾が命中する。
着弾と同時に2000トンの銀の砲弾は、その質量のほとんどと相対エネルギーを熱に変換しパンデモニウムにぶつけることに成功した。その物理エネルギーと霊子エネルギーの爆発は、太陽系にもう一つ太陽を作り出したかのような輝きを放った。そしてその直後、霊子波を載せた陽電子ビームも着弾する。パンデモニウムが悪魔の受肉と同じ理屈であれば、陽電子によって構成物質をプラズマ化させることが出来るはずだ。この二重の攻撃によって撃滅とはいかないまでも、かなりの損傷を与えてくれることを誰もが祈っていた。
「パンデモニウム健在!損傷は認められません!」
ヴィーシャの悲痛な叫びが響き渡る。この攻撃で傷一つ付けることが出来ないのであれば打てる手がなくなってしまうのだ。
『ダモクレスの剣の主砲は、着弾直前に魔法陣によって弾かれています。ほとんどのエネルギーが逸らされていますね。陽電子ビームも強力な磁界によって進行方向を変えられたようです』
アナスタシアの冷静な分析が届く。陽電子は電荷を持っているので、電界や磁界によってその軌道を変えられてしまうのだ。おそらく80万年前、ギゼ達との戦いで陽電子ビームについての知見を得たのだろう。
「くそっ!打つ手はないのか!?」
『蒼龍、まだ全く手が無くなったわけではありません。着弾後、減速した破片の一部はパンデモニウムの城塞都市に降り注いでいます。おそらく低速な物体には防御魔法陣は効果が無いと判断します』
「そうか。ということはミョルニルとロキで取り付いて、内部の動力炉を破壊するとかそういう方法か?」
『その通りです。動力炉があるかどうかはわかりませんが、何かしらのエネルギーで動いているはずです。その源を絶つしかありませんね。え?あ、パンデモニウムから強力なエネルギー体が発射されました!速度はほぼ光速です!』
パンデモニウムの城壁にある巨大なガーゴイルの石像の口が開き、そこから強力な悪魔の咆哮が放たれた。それは、リリエルが堕天してすぐに発した咆哮の何十倍ものエネルギーを持って地球に向かってくる。
『あと31秒で地球に直撃します!着弾地点は小笠原諸島付近!このエネルギー量だとプレート(地殻)が割れます!コース上の艦隊に防御魔法陣を展開させます!』
アナスタシアは瞬時に咆哮のエネルギーを分析し、その防御に必要な隻数を計算した。
“足りない!”
咆哮のコース上に存在する艦の魔法陣を全力展開しても、それを防ぐにはエネルギー不足だった。多少コースを変えることはできるが、それでも地球のどこかに着弾してしまう。プレートを割るほどのエネルギーを受けたなら、着弾地点から500キロほどの範囲は焦土と化し人間が居たなら即死だろう。そして地球環境も激変し、人類の住める星ではなくなってしまう。
“ごめんなさい!!”
次の瞬間、パンデモニウムから放たれた咆哮は艦隊が展開する防御魔法陣に激しく衝突した。そしてそのエネルギーは光と熱に変わって大爆発を起こす。
「防いだのか!?」
高城のコンソールには、艦隊の被害状況が報告されていた。防御魔法陣を展開した無人艦24隻と有人艦36隻が消滅、8万6千人の将兵がMIA(行方不明)になったと表示されている。そして、悪魔の咆哮は防御魔法陣を展開した艦の霊子力炉の爆発によって、なんとか地球への直撃コースから逸らされていた。
『蒼龍!猶予はありません!ロキとミョルニル部隊をパンデモニウムに転移させます!外部からの破壊は不可能です!内部に侵入し、何としてもあの要塞を止めてください!』
高城のコクピットに泣きそうなアナスタシアの叫び声が響く。コンピューターになったアナスタシアが、これほどにまで取り乱しているのは初めてだった。それだけ事態が緊迫しているのだ。
そして、出撃したロキ(リリエルとアンドラス)とミョルニル部隊が転移魔法によってパンデモニウムに送られた。総勢21万3千機の部隊が勝利を信じて突入していく。この戦いに勝たなければ、どちらにしても人類は滅びてしまう。明日は無いのだ。
“克己・・・・私はなんという事をしてしまったの・・・・”
それはアナスタシアの瞬時の判断だった。悪魔の咆哮のコース上にいる艦の防御力だけでは防ぎきることは出来なかった。咆哮に貫かれコース上の艦は轟沈し地球も取り返しのつかない損害を受けてしまう。それを防ぐ方法は一つしか無かった。
― コース上の艦の霊子力炉を人為的に暴走させて、より強力な魔法陣を一瞬だけ展開する ―
アナスタシアは地球を守る為に、8万6千人の命を自らの手で奪う選択をしてしまったのだ。




