第三十二話 パンデモニウム
「ワープアウトまであと4・3・2・1・今!」
ヴィーシャのカウントがスキーズブラズニルの艦橋に響く。そして次の瞬間、一瞬のスターボウの輝きを観測して2万隻近い銀河中心核侵攻艦隊が通常空間に現出した。
「なんとか悪魔より早くたどり着いたようだな。これより“ダモクレスの剣”と絶対防衛圏艦隊に合流する!悪魔どもがいつワープアウトしてくるかわからない。ここからは時間との勝負だ!」
高城蒼龍の号令を受けて、全艦指定されている宙域へ移動を開始した。地球圏には“ダモクレスの剣”と呼ばれる攻撃衛星をラグランジュ3・4・5に3基設置してある。これは直径30キロメートルにもなる強力な浮き砲台だ。12基の霊子力炉を連結運転させることによって実現するその火力は、月すらも粉々にできる。また、5000隻の絶対防衛圏艦隊は地球防衛を主任務とするため長距離航宙やワープの能力は無いのだが、その代わりに非常に強力な火力を有している砲艦で構成されている。高城達の艦隊は、モルガン(アナスタシア)の正確な指示によって布陣を完了した。
◇
「高城提督。悪魔達の力は当初の予測よりかなり強力なようですな」
「ああ、ドレーク参謀総長。アンドラスによれば“神”から霊子力供給を受けているらしい。悪魔と人類を戦わせて、疲弊したその時に天使を顕現させて全てを滅ぼすそうだ」
英国国教会の敬虔な信者であるドレークの声は、どことなく悲しげだ。やはり、神が人類を滅ぼすことを決断したことに、忸怩たる思いがあるのだろう。
「高城提督は神の存在を信じておられましたか?いや、リリエル様と融合しているのですから愚問ですな」
高城蒼龍は一瞬逡巡し、モニターのドレークに視線を向ける。
「銀河を支配する超常的な何かは存在するかもと思ってはいたが、ここに至ってはその存在を疑うことは出来なくなってしまったな」
モニターの向こうではドレークが俯き言葉を探していた。
「高城提督。私の中の信仰は今日ここに枯れ果ててしまいました。神の子であるはずの人類を滅ぼす存在が神であるはずなどありません。親が狂って子供を殺しに来るのですから、我々はそれに全力であらがいましょう」
「そうだな、その通りだ。ん?重力震のP波を感知したようだな。来るぞ!」
全艦に悪魔達の重力震を感知したというアラートが響く。プライマリー波(P波)の観測なので、本体は約3秒後にワープアウトしてくるはずだ。
「巨大質量がワープアウトしてきます!座標4439・9088 金星軌道と地球との中間地点です!距離およそ2000万キロ!」
地球圏に張り巡らされた監視網からの映像が入ってくる。地球から見ると丁度金星と太陽が一直線になる宙域にひずみが発生し、太陽の形が歪んで見えた。そして“ソレ”がワープアウトしてきた。
「すさまじいX線量です!これはクエーサーといっても過言ではありません!」
そこに現出したモノは悪魔達の大軍では無かった。それは光り輝く天体だ。重力こそそれほどでも無いが、激しく電磁波や陽子線を放出しているのが観測できる。
そのすさまじい電磁波は地球にも届き低緯度地域でも光り輝くオーロラが観測されていた。
そしてその光はだんだんと収束していき、電磁波も弱まる。その天体を覆っていた雲が晴れるように、ワープアウトしてきた物体が姿を現した。
「なんだ・・・あれは?“城”なのか・・・?」
地球から2000万キロの宙域にワープアウトしてきたモノは自然物ではなく、明らかに何者かの手によって構築された建築物だった。その物体の中央には、ドイツにあるノイシュヴァンシュタイン城の様な尖塔が何本も立ち並んでいる。そして、その城を囲むように城壁や多くの建造物が同心円状に広がっていた。
「なんだ?あれは・・・・リリエル、アンドラス、あんなモノの情報は無かったぞ・・」
それはまるで中世ヨーロッパの城塞都市がそのまま転移してきたかのような姿をしていた。直径は40キロほどもあり、上半分は巨大な建物で覆い尽くされていて中央に城がそびえ立っている。そして下半分は地上から引き抜いたかのように岩石で覆われていた。
「あ、あれはパンデモニウム・・・・・。コキュートス(地獄の最下層)に封印されているという悪魔宮殿・・・・実在していたなんて・・・・・」
震える声で返答してきたのはアンドラスだ。そしてリリエルからも強い恐怖が伝わってくる。
「過去のアルマゲドンでも、一度も姿を見せたことが無いという悪魔の要塞よ。悪魔達の最後の砦。あれがある為に、神ですら悪魔を滅ぼすことができないと言わしめるモノ・・・」