第三十一話 ヴィクトーリヤ・ロマノヴァ
2035年 ロシア帝国宇宙軍士官学校
「ねえ、ヴィーシャ、聞いた?今日、あの高城提督が来てるんだって!一緒に写真とか撮れないかな?かな?リリエル様ともお話ししたいなぁ」
同室のエーリヤが満面の笑みを浮かべて駆けよってきた。エーリヤもヴィーシャと同じく遺伝子操作を受けたエルフだ。赤色のくせ毛が可愛い彼女は、相変わらずわがままな部分を揺らしながら男子の視線を集めている。ちょっと悔しい。
「なによ、エーリヤ。そんなに嬉しいの?会いたかったら会いに行けば良いじゃない。ま、教官に叱られるだけでしょうけどね」
地球連邦宇宙軍元帥である高城蒼龍は、実年齢130歳を超えるバケモノだ。私の高祖母であるアナスタシア皇帝の友人で、第二次欧州大戦と日米戦争を勝利に導き世界に平和をもたらした英雄とされる。その後も前世の知識を無制限に解放して、たった100年で人類の版図を銀河全体に広げてしまった。2039年のアルマゲドンを乗り越えた後は、アンドロメダ銀河に調査艦隊を送ることが計画されているらしい。
「あら、ヴィーシャは興味ないの?あなたのご先祖様と一緒に戦った英雄よ。あなたが会いに行けば会ってくれるんじゃない?天使リリエル様と魂が融合しているなんて、まさに聖人だわ」
「あなた、本当にミーハーね。残念だけど私は興味ないわ」
全然興味が無いかと言われれば実はそんな事は無いのだけれど、どうにもエーリヤのテンションにはついて行けない。どちらにしても私とは住む世界が違う人なのだ。
そんな事を話しながら渡り廊下を歩いていると、校長が見慣れない軍服を着た男性と話をしながら歩いてきた。私たちは立ち止まり背筋を伸ばして敬礼をする。ロシア軍の敬礼は他の国とはちょっと違って、相手に対して少し顎を上げるようにする。実は私はこの敬礼が恥ずかしい。なぜなら、鼻の穴を覗かれているような気がするからだ。
“この方が高城提督”
ネットでは何度も見たことがあるが、直接会うのは初めてだ。高城提督が近づいてくるとちょっと緊張してきた。エーリヤの事をミーハーって言ったけど、私も十分ミーハーなのかも知れない。
高城提督も歩きながら私たちに答礼をしてくれる。そして丁度真横まで来たときだった。高城提督は突然歩みを止めて、じっと私の方に視線を送ってきた。
「キミの官姓名は?」
話しかけられると思っていなかった私は驚いて固まってしまった。高城提督の視線はまっすぐに私を捉えていて、緊張してしまう。
「はい!エレナ・ミチャーエヴァ2号生であります!」
高城提督は私に問いかけたと思ったのだが、なぜかエーリヤの方が先に返答してしまった。エーリヤの大声に少し気圧されてしまったけれど、私も一度息を吸い込んでから返答する。
「はい!ヴィクトーリヤ・ロマノヴァ2号生であります!」
私の返答に対して、高城提督はちょっと考える素振りを見せてから、ゆっくりと問いかけてきた。
「地球連邦宇宙軍提督の高城だ。勘違いだったら申し訳ないのだが、キミはアナスタシア皇帝の血統に連なる人なのか?」
高城提督の口調はとても穏やかで知的だ。日本人のはずだが、ロシア語の発音もネイティブと何ら変わりない。
「はい!アナスタシア皇帝は私の高祖母になります」
『あー!やっぱりアナスタシアだ!懐かしい匂いがするー!』
突然私の頭の中に誰かが話しかけてきた。エルフの中には念話の出来る人も居るらしいけれど私には出来ない。それなのに突然の天啓のように響いてきた。ものすごく神聖で強力な霊力で頭がクラクラするほどだった。
『私よ!リリエルよー!』
「リリエル。ヴィクトーリヤ・ロマノヴァ2号生がお前のことを知ってるわけないだろ。まあ落ち着け。すまない、ヴィクトーリヤ・ロマノヴァ2号生。キミがアナスタシア皇帝にあまりにも似ていたからつい声をかけてしまった。今士官候補生ということは、2039年には一緒に出陣する可能性もあるのか。その時はよろしく頼む」
高城提督はそう言って右手を差し出してきた。私も緊張で震える手をなんとか差し出し握手を交わした。
◇
「高城提督、かっこよかったわねぇ。何て言うの?大人の落ち着きとシブさって言うのかなぁ?かなぁ?」
講義を終えてエーリヤと自室に戻った後、二段ベッドの上の彼女は興奮していて騒がしい。
「ねぇ、ヴィーシャはどうだった?あなた、握手してもらったとき顔まっ赤だったわよ。もしかして初恋?」
「な、な、何言ってるのよ!そそそそんなわけ無いでしょ!」
とはいったものの、高城提督のことを思い出すとなぜだか胸が高鳴ってしまう。もしかするとリリエル様の魅了魔法にかかったのではないかと疑ってしまうくらいだ。
そして士官学校を卒業した後、私は親族のロシア皇帝や貴族達にお願いして高城提督の元に着任することができたのだ。
◇
2039年
「高城提督、あと43分でラグランジュ3にワープアウトします。悪魔達がどの地点にワープアウトするかは不明ですが、おそらく我々の方が71分から46分ほど早くワープアウト出来ます」
ワープ中は悪魔の位置を観測することは出来ないのだけど、悪魔がワープに入ったときの重力震の観測データとリリエル様が経験した12000年前の悪魔の情報によって、ある程度のワープ性能について予測が立っている。悪魔達より早くワープアウトして絶対防衛圏艦隊と合流し、なんとしても悪魔の地上降臨だけは阻止しないといけない。
「ありがとう、ヴィーシャ。キミとモルガンのサポートには感謝するよ。あともう少しだ。よろしく頼む」
リリエル様は堕天してしまったけれど、変わらず人間の味方でいてくれている。天使が敵対すると判明した以上人類にとってこんなに嬉しいことは無いのだけれど、あんなに魅力的な姿をしていたなんてちょっと焼けてくるわ。高城提督はあんな艶やかなリリエル様と一体で、しかもそれをおかずにしていたなんて・・・。
「ハレンチだわ」
「どうしたヴィーシャ?良く聞き取れなかった」
ついつい言葉が漏れてしまった。私は慌てて何でもないですと訂正する。まあ、それでもリリエル様のウキウキの応援もあって、前進することが出来たのだけれど。
「高城提督、あの、必ず無事に帰って来てください」
「・・ああ、もちろんだ、ヴィーシャ。心配するな」




