第三話 ラグナロク作戦
「なあリリエル。これが悪魔の親玉、サタンなのか?」
リリエルも巨大なヘビのホログラムをじっと凝視している。霊体なのに、固唾を呑む音が聞こえてくるようだ。
「ええ、サタン・・ルシフェル様に間違いないわ。ただ、前回のアルマゲドンでは、こんなにエネルギーは大きくなかった・・・。いえ・・・大きさと霊体の力はあまり関係ないんだけど、それでも、こんなに大きいなんて・・」
銀河の中心から12000光年の場所で観測をすると、12000年前の銀河中心の様子がわかる。そして前回のアルマゲドンの際、銀河中心から激しいX線とニュートリノが放出されていたことがわかった。相対性理論では説明できない現象が発生していたことに間違いは無い。
霊子質量が増大することによって、悪魔達は事象の地平面を超えることが出来るのだ。
「高城提督、リリエル様は何と?」
「ドレーク参謀総長、やはりサタンに間違いないそうです。ただ、これほど大きいとは思っていなかったみたいですね。前回のアルマゲドンの時、サタンは全長12000メートルほどのヘビの形で顕現したそうです。その他の悪魔は、小さい物で1.5メートル、大きいもので300メートルほどとの事なので、今観測されている悪魔は想像以上ですね」
「なるほど。しかし、ブラックホールを脱出する際にその霊子質量の多くを失うというシミュレーション結果もありますが、こればかりは開けてみるまでわからないということでしょうか」
「そうですね。大きさと霊力の強さは比例しないようですが、まあ、どのような形で顕現しようとも、それを撃退しなければ人類に未来は無いということです」
「かなり厳しい戦いになるかもしれませんね」
――――
その後開催された最高戦争指導会議において、今後のスケジュールと対悪魔迎撃作戦「ラグナロク作戦」について説明があった。神が予言したというアルマゲドンの日まであと6ヶ月。これは、霊子波観測による予測と一致する。
悪魔達はブラックホールを脱出した後、ワープによって地球を目指すと推測された。おそらく、超長距離ワープによって瞬時に移動するはずだ。
「ラグナロク作戦の第一段階では、悪魔どもがブラックホールを抜けた瞬間に迎撃します」
グエン・ズイ・ダイ作戦課長がホログラムにポインターを当てて説明する。
「リリエル様の情報とモルガン・ル・フェ(※量子コンピューター)によるシミュレーションによって、ブラックホールを抜けた悪魔は幽星体として顕現することが予測されます。この瞬間に第22艦隊から第431艦隊までの全火力をもってブラックホールに押し返します。ブラックホールを抜けるために霊子質量の大半を消費しているため、押し返したら次のアルマゲドンまで脱出は不可能のはずです」
※モルガン・ル・フェ 2035年に完成した量子スーパーコンピューター。未来収束観測機とも称される。
「最新の観測結果を反映した上での作戦成功率について、モルガンはなんと言っている?」
「はい、第1階級の悪魔で56%、第2階級で67%、第3階級で77%の成功率です。サタンについては(85×√-1)%、虚数解を提示しています」
その返答を聞いて高城蒼龍はため息をつく。
「サタンに関しては、押し返すことは事実上不可能だろうと言うことだな。いずれにしても、サタン以外の悪魔もかなりの数が第一防衛線を突破してくると言うことか」
「はい、高城提督。第一防衛線を突破した悪魔による攻撃が予測されます。リリエル様によると『ドドドーン』『バババーン』という攻撃を仕掛けてくると言うことですので、これをミョルニル隊で迎撃します。ブラックホールに押し返すのでは無く悪魔の“殺害”です」
「出来るだけ、ミョルニルの出番が無ければ良いのだがな」
※ミョルニル 全高15メートルの人型格闘兵器。霊子アーマーと呼ばれることもある。霊子キャタライザーとコンバーターを備えており、霊的存在を殺害(消滅)することが出来る。通常空間で受肉した悪魔は、体高7から20メートルの人型もしくは獣型になることが多いため、対抗兵器も人型となった。霊子力を使うため人が乗っている。
「そうですね。人が乗った兵器を最前線に投入するのは非人道的ではありますが、霊子力を使う以上致し方ありません」
「では、もし悪魔どもがすぐにワープしてしまった場合についてだ」
「はい、高城提督。モルガンによると艦隊に目もくれず、すぐにワープをする可能性は45%と出ております。また、悪魔がワープアウトするまで通常空間時間で18875秒を要するはずです。我々は、これよりも早くワープアウト出来ます。それに、万が一悪魔が先に地球に到達したとしても、ラグランジュ3・4・5に設置してある“ダモクレスの剣”と絶対防衛圏艦隊によって、我々が戻るまでは持ちこたえられます」
最高戦争指導会議の後、高城蒼龍は旗艦スキーズブラズニルのヨハン・マツナガ艦長やミョルニル部隊を指揮するジョン・ダウンズ大佐と挨拶をした。
天使や悪魔、そしてリリエルの存在が明らかになっているこの世界では、リリエルに憑依されている高城のことを“聖人”として扱う宗派もある。その為、初対面の人から必要以上に敬われて困ることもあるのだ。今日挨拶したジョン・ダウンズ大佐など、その場にひれ伏しそうになっていた。しかし、リリエルは褒め称えられて純粋に嬉しいようだった。
「ふうっ、やっと一日が終わったな。明日の枢機卿との会談の内容連絡はあったか?」
高城は自室に戻り、制帽と上着を脱いでデスクに投げた。そしてそのまま深くソファーに座る。
「はい、高城提督。純粋に激励のようですね。それに、枢機卿は高城提督よりリリエル様に会いたいようです。エルフの修道女を連れてくるとのことでした」
ヴィーシャがホログラムをめくりながら高城に報告する。
「まったくこの忙しいときに。リリエル、おまえ大人気だな」
「へへー、私の時代が来たって感じ?やっと私の価値がわかったのね」
「枢機卿に会うのはいいけど、お前がバカだってこと、気づかれるなよ。こっちが恥ずかしいから」
「な、何てこと言うのよ!ほんと失礼なヤツね!あんたのあんな事やこんな事、全部ヴィーシャに話しちゃうからね!」
「はい、リリエル様。楽しみにしてます!」
「ヴィーシャ、そんな満面の笑顔するなよ。今日はもういいぞ。明日は8時に来てくれ」
「はい、高城提督。今日は下がらせていただきます。何かあれば遠慮無くお呼びください。隣の部屋におりますので(ニコ)」
“ああ、お疲れ様”と言いかけて、高城蒼龍は何かが引っかかった。
隣の部屋?
提督附武官なので、部屋が近くにあるというのはおかしいことでは無い。しかしヴィーシャはエルフなので、隣の部屋くらいの距離ならリリエルと念話が出来るのだ。その念話は高城にも聞こえるのだが、寝ているときには気づかない。
「あ、高城提督。軍医から睡眠薬の処方を受けております。テーブルに置いておりますので、よろしければ服用ください。夜更かしは明日に響きますよ」
その夜、睡眠薬を飲んだにもかかわらず高城はひどくうなされたのであった。