第二十九話 ルシフェルの罠
「ルシフェル様！お覚悟！！」
光の塊となったリリエルとアンドラスは亜光速まで加速し、顕現したばかりのルシフェルを目指した。直撃すれば必ず消滅させることができる。ルシフェルを斃すことができれば、残存の悪魔達はなすすべも無く瓦解するだろう。そうすれば、残りの敵はこれから顕現する天使達だけだ。
「何っ！！」
ルシフェルに衝突した瞬間、リリエルは巨大な重力震に弾かれてしまった。
「くっ！重力震！？あの一瞬でワープしたの！？」
◇
「サタンの反応が消えました！重力震の観測から超長距離ワープに入った模様です！」
スキーズブラズニルのヴィーシャから悪魔達の観測結果が伝えられる。サタン（ルシフェル）だけで無く、この宙域に存在していた悪魔達全てが超長距離ワープに入ったことが確認された。
「目的地は不明ですが、およそ2万5千光年以上の超長距離ワープです。地球に向かった可能性あり！あ、ブラックホールに変化があります！直径が！！」
ルシフェルは衝突の直前にワープに入ってしまった。悪魔達の目的が人類と神の消滅であるならば、目的地は間違いなく地球だろう。だとすればすぐさま地球に戻らなければならない。
「ブラックホールが収縮しています！それに比例して回転速度が急加速中！このままではあと180（秒）で速度が回転パラメーターを超えます！ミョルニル部隊は近くの艦に大至急退避してください！収容でき次第、全艦ワープに入ります！」
◇
「ブラックホールの回転が加速だと！？回転速度が限界を超えたら・・・シュバルツシルト面が崩壊して特異点がむき出しになるぞ！」
ルシフェル達がワープをした直後、ブラックホールは収縮しその自転速度を加速させた。ブラックホールはある一定の自転速度を超えるとシュバルツシルト面が維持できなくなり、リング状の特異点がむき出しになってしまう。そして、体積ゼロ質量無限大の特異点はその矛盾を解消するべく、無限の質量を体積に変換して放出してしまうのだ。無限の質量は無限の体積へと変換され、光速の衝撃波となってあらゆるモノを粉砕していく。
「リリエル！アンドラスと一緒にスキーズブラズニルまでワープだ！できるか！？」
「もちろんよ！でも、こんな仕掛けをしていたなんて・・・」
「ああ、このブラックホールが崩壊してしまったら、天の川銀河も消滅してしまう。もう止めることは出来ない・・・・」
これはまさにブラックホール爆弾と言って良い。回転する物体は直径が小さくなると回転速度が増大する。簡単な物理法則だ。ルシフェルは何らかの方法でブラックホールの直径を小さくして、その回転数を増大させた。そして、ブラックホール固有の回転パラメーターを超えたときに、そのブラックホールは崩壊するのだ。
◇
「ブラックホールの崩壊を確認しました！衝撃波到達まであと58（秒）！ミョルニル部隊の収容が間に合いません！！」
ヴィーシャの悲痛な叫びが木霊する。モニターにはミョルニルや損傷艦の生存者の収容状況が表示されているが、数万単位で間に合いそうにない。
「くそっ！！一機でも多く収容するんだ！ワープタイミングは全てモルガンに任せる！」
この宙域から悪魔達は消えてしまったが、損傷したミョルニルや艦船の生存者収容が間に合っていない。しかし、これ以上この宙域に留まることは艦隊の全滅を意味するのだ。高城蒼龍にその選択は出来なかった。
「すまない・・・・」
高城蒼龍は握った拳をコンソールに叩きつける。このまま救助を求める兵士達を置き去りにしなければならないのだ。
悪魔達が現出した直後に攻撃し、出来るだけ数を減らす作戦に誤りは無かったはずだ。あらゆるシミュレーションの結果、最適な作戦だと結論が出ていた。しかし、ルシフェルがブラックホールを崩壊させることは想定外だ。なぜなら、現在の人類の技術でブラックホールを崩壊させる方法が無いのだから。
『蒼龍！計算が終わったわ！空間転移の魔方陣の形に配置した無人艦の霊子力炉を暴走させます！これで損傷した友軍艦を含めて全部転移できます！』
「えっ？アナスタシア！ワープじゃ無くて転移？そんな事が出来るのか！？」
『説明は後でっ！転移開始まで４・３・２・１・今！！』
