第二十六話 血路
「リリエル様が、堕天してしまった・・・・」
アンドラスとリリエルの会話を聞いていたメアリーは、下唇を強く噛んでつぶやいた。自分の半身であるアンドラスも悪魔なので、悪魔自体にそれほどの忌避感は無いのだが、あの純粋で神々しい波動を放っていた天使リリエルが堕天してしまったことに、なんとも表現のできない感情が溢れてくる。
「メアリー、心配ないわぁ。リリエルは堕天したけど、人間の敵になるようなことはないわよぉ。私にはわかるわぁ」
「でも、不思議ね。今ブラックホールから出てきている悪魔も、もとは天使だったんでしょ?そのほとんどが堕天して人間の敵になったのに、なんであなたやリリエル様は人間を憎まないの?」
「それはねぇ・・・人間の敵になる悪魔の動機って、きっと嫉妬ね。神はね、創ったばかりの人間に対して、それはそれは愛と慈しみに満ちた啓示を与えられるわぁ。時には惨い罰も与えるけど、それは神なりの愛の形なのよ。だからね“どうして自分たち天使より人間に愛を注ぐのか?“って嫉妬に狂う天使が出るのよ。ベリアル様はその代表例ね。あとアザゼル様はちょっと特殊で、生まれたときは”無垢な魂“だったのよ。ただ、大天使としての巨大な神霊力だけは持っていたわぁ。神は巨大な神霊力を持った”無垢な魂“が光に向くのか闇に向くのか興味があったみたい。結局、アザゼル様は”智慧“を身につけて悪魔になることを選択したのだけれど」
「じゃあ、アンドラスやリリエル様には人間に対する嫉妬が無いから敵にならないって事?」
「うーん、私もちょっと前までは人間の敵だったわよ。ルメイやポルと一緒にたくさん殺したわぁ。ポルの時は高城に邪魔されてすぐポルが殺されちゃったけど。でもね・・・ちょっと話しすぎね。私が人間の味方になった理由は・・・・好きになったからよ。それだけのこと。メアリーは盲目的に私を信じなさい!」
アンドラスはそう言って邪悪な笑みを浮かべて見せた。時々見せる、とても悪魔らしい仕草だ。
「まあ、この状況じゃあアンドラスを信じないわけにはいかないわね。何としても悪魔達を斃して、生きて帰るわよ!」
「良い覚悟よ、メアリー!前方700万キロ!第二階級の悪魔が集結しているわ!あそこに大物が顕現するわよ!」
「ええ!このまま敵の防衛線を突破するわ!最大戦速!行くわよ!」
◇
「ロキ 二号機がブラックホールに突入します!目標は顕現しつつある大悪魔!顕現まで70!高速戦艦オルレスとユーダリルを随伴させます!」
ヴィーシャが戦況を高城に伝える。高速戦艦の随伴はモルガンの判断だ。
「了解した。ロキ 一号機も向かう。こっちにも随伴艦を回してくれ」
スキーズブラズニルを出撃した高城も、メアリーのロキ 二号機を追って加速を開始した。リリエルが悪魔として顕現できたので戦闘行動が出来るようになったのだ。
「リリエル、アンドラスに追いつくぞ。敵は強大だ。キミの力を頼りにしてる」
しかし、リリエルからの返事は無い。相変わらず、うずくまって泣いている。しかし、悪魔として顕現したリリエルの力はすさまじく、現時点においてロキ 一号機は設計の出力を出すことが出来ていた。
◇
高速戦艦オルレス艦橋
「前方に第二階級の悪魔20万!」
「全砲門開け!2艦を盾にして突破するぞ!最大戦速だ!なんとしても決戦兵器をあの悪魔どもの向こうまで連れて行く!」
巨大な霊子質量が現出しつつある情報は全軍に共有されている。そして、それが第一階級の悪魔であることも解っていた。
第一階級の悪魔でも、地球艦隊の砲撃である程度押し戻すことは可能だろう。しかし、その首領であるサタンは決戦兵器ロキでないと立ち向かうことは出来ない。だから、どんな犠牲を払ってもサタンの所へロキを投入しなければならなかった。
「敵の集中攻撃です!この艦に向かってきます!」
レーダー画面には、第二階級の悪魔20万からの攻撃がこの戦艦オルレスに向かっていることが示されていた。オペレーターの若い女性士官は目を見開いて情報を確認し、的確に報告する。その間も、刻一刻と白い多数の光点が近づいてくる。
「くそっ!各個撃破するつもりだ!バリアー全開!総員衝撃に備えろ!」
「バリアー全開!出力110%!直撃来ます!キャッ!!」
悪魔達の咆哮は一つの巨大な渦となって戦艦オルレスを直撃した。悪魔達は攻撃を集中させることによって各個撃破を狙ったようだ。第二階級の悪魔達には統率をする指揮官のような悪魔がいるのだろう。烏合の衆では無く、統率された軍隊であれば脅威度は増す。個別に攻撃していたなら、戦艦のバリアーを突破することは簡単では無い。しかし、攻撃を一つに集中させればバリアーの防御力を上回ることができるのだ。
その咆哮は正面から戦艦オルレスに直撃した。黒く禍々しい渦はバリアーに接触して大爆発を起こす。
「バリアー健在!大丈夫です!」
女性士官はモニターのアラートを確認し報告する。様々な損害が表示されているが、致命的な損傷はどうやら無いようだ。しかし、悪魔達の攻撃はバリアーの防御力をうわまわっていると警告が出ていたはずだ。本来なら戦艦オルレスは轟沈していてもおかしくはなかった。しかし、無傷ではないがまだ航行している。
「どういうことだ?あの攻撃を耐えきったのか?」
「バリアー出力が瞬間的に320%を記録しています!り、理論上はあり得ません!」
◇
「アンドラス!次の攻撃が来るわ!」
「まかせなさい!」
受肉したアンドラスは、近くに居る戦艦の霊子力炉と同期して一次的に防御力や攻撃力を向上させることができる。自身が攻撃されたときは、随伴艦の霊子力炉から霊子力をもらって強化し、随伴艦が攻撃されたときには霊子力を供給してその防御力を強化するのだ。
「戦艦の砲撃で敵前衛に穴が出来たわ!突入するわよ!」