第二十四話 アルマゲドン(3)
「あ、悪魔・・だと?まさか、決戦兵器が乗っ取られたのか!?」
ロキ二号機の変化を見ていた犬神中尉は、得も言われぬ恐怖を感じていた。先日魂を凍りつかせるような殺気を向けてきたアンドラスが、決戦兵器を乗っ取ったとしか思えなかったのだ。そして今現在もすさまじい殺気を放っている。
犬神中尉は無意識のうちにガーランド小銃をアンドラスに向けた。そして躊躇せずに引き金を引く。
しかし、犬神中尉のコクピットにアラートが表示されて弾丸は発射されなかった。モルガンはアンドラスを味方だと判断し、その情報を全てのミョルニルと艦艇に通知していたのだ。
感情の無いコンピューターなら合理的に味方だと判断できるのだろう。しかし、至近で悪魔の力を解放しているアンドラスは、普通の人間にとって恐怖以外の何者でもなかった。
「いくわよぉ!メアリー!あそこに強い力を感じるわぁ!」
禍々しくも美しく、そして妖艶な姿のアンドラスは加速してブラックホールの右方向を目指した。そこに、巨大霊子質量の突出が観測されている。明らかに他の悪魔達とは異質な物体が現出しようとしていた。
◇
『第六、第八、第十一ドローン艦隊が突破されました!』
スキーズブラズニルのヴィーシャから、叫び声のような通信がロキ一号機のコクピットに響く。
悪魔達はドローン艦隊からの砲撃によって、かなりの数が押し戻されるか消滅していた。しかし数十万にもおよぶ第二階級以上の悪魔は、その砲撃に耐えて防衛ラインを突破してきたのだ。
『セスルームニル艦隊方面が押されています!巡洋艦ノアトゥーン轟沈!戦列を離脱する艦多数!』
ドローン艦隊を食い破った悪魔達は、有人の艦隊に向けて突進を開始した。数人の悪魔で魔法陣を展開し“悪魔の咆哮”を放つ。その悪魔の咆哮は巡洋艦が展開しているバリアーに衝突して弾かれるのだが、咆哮とバリアーの衝突によって出来た“ゆらぎ”に悪魔が食らいついて突破してくるのだ。
「すごい数ねぇ!メアリー!ラグニルを使うわよ!全部蹴散らすわぁ!」
アンドラスの右手に、黄金に輝く巨大なハンマー状の武器が現れた。決戦兵器ロキに搭載されている武器だ。アンドラスが向かってくる悪魔の集団にそれを振り下ろすと、すさまじい衝撃霊波が前方の悪魔達を消滅させた。
「今の私の中にはね、ギゼの創った霊子力炉があるのよぉ!甘く見ないでよね!」
◇
「くそっ!ガーランドの亜光速弾を躱すだと!?」
ドローン艦隊を突破してきた悪魔に対して、ミョルニル部隊が各個撃破を試みる。多くの悪魔はガーランド小銃の亜光速弾によって消滅していたのだが、その弾丸を躱す悪魔が存在していたのだ。
「犬神中尉!あれはネームドの悪魔よ!接近してスコブヌングをたたき込むわ!」
目の前には、薄汚れた茶色いローブを被った魔道士風の悪魔が両手を広げている。体高は30メートルほどでその姿は揺らめいていた。犬神とタチバナはバックパックから長剣を抜いてその悪魔に向かって加速する。亜光速弾が通じない以上、接近して直接霊波をたたき込むしか無い。
『矮小なニンゲンよ!このカレアウの前に砕け散るが良い!』
カレアウと名乗った悪魔は、その裂けた口を大きく開いて咆哮を放った。その霊波は物理空間に干渉して、犬神とタチバナのミョルニルを襲う。しかし、その咆哮はミョルニルのバリアーによってはじかれた。
「舐めんなよ!」
悪魔カレアウの咆哮を弾いた犬神とタチバナは、その勢いのままカレアウの体にスコブヌングを突き立てた。そして、ありったけの霊波を放出する。
『ぐぉぉぉぉぉ!ニンゲン!』
断末魔の叫びを上げて悪魔カレアウは消滅した。センサーからも反応が消えている。どうやら、完全に“無”に帰ったようだ。
「アンドラスのいる宙域は大丈夫みたいだな。しかし、セスルームニル艦隊方面が危ない。ロキ一号機はまだ出てこないのか?」
「何かあったのかも知れないわね。でも、アルマゲドンが始まったら天使も顕現するんじゃ無いの?天使なんてどこにも居ないじゃ無い」
◇
『アンドラスが展開している宙域はなんとか持ちこたえています!しかしそれ以外の宙域は悪魔の攻勢に押されています!高城提督!このままでは戦線が持ちません!』
刻々と悪化する戦況をヴィーシャが伝えている。早くロキ一号機を発進させなければ、取り返しの付かないことになると叫んでいるかのようだ。
「リリエル!なぜ顕現しないんだ!?」
悪魔達は通常空間に現出し、アンドラスも戦地へ向かっていった。しかし、天使であるリリエルに顕現の兆しが全く見えない。
「おかしい・・・。私だけじゃ無い・・・。この空間にいるはずの熾天使様達も顕現していないわ!アルマゲドンが始まれば天使も悪魔も顕現するはずなのに・・。ねぇ!アンドラス!どういうことなの!?どうして熾天使様は顕現しないの!?」
「これだけ距離が離れててもリリエルと会話ができるのねぇ。私とロキが完全にリンクしているからなのかしらぁ?」
宇宙空間なので遮蔽物がほとんど無いとは言え、これだけ離れていても念話ができるのはロキとアンドラスが同調しているからだろう。
「アンドラス!何か知ってるんでしょ!なぜ悪魔だけ顕現して私たち天使は顕現しないの?」
「リリエル、もう解ってるんでしょぉ?それを私が言うと、あなた、堕天するわよぉ。それでもいいのぉ?」
「う・・・で、でも・・このロキ一号機が起動しなければ悪魔達を押し返せない!あなただけじゃ戦線は持たないのよ!私が堕天して悪魔になって顕現できたら、このロキ一号機も起動するんでしょ!?じゃあ言いなさいよ!本当のことを教えて!アンドラス!」
「待て!アンドラス!リリエルが堕天したら人類の敵になるんじゃないのか?」
高城が叫ぶ。転生して100年以上、天使としてのリリエルと同化していたのだ。自分の半身と言って良いリリエルが悪魔に変わってしまうことは、どうしても受け入れ難い。
「そうねぇ、それは賭けね。でも堕天は神の愛を拒絶することなのよ。だから、必ず人間の敵になるというわけじゃないわぁ。私のようにね」
「アンドラス!早く言ってよ!覚悟は出来てるわ!神様の愛を拒絶してもわたしは人間と敵対しない!蒼龍と蒼龍が愛する人たちを守り続けるわ!」
ほんの少し、ほんの少しだけアンドラスは息を呑んで、そして覚悟を決めた。本心ではリリエルに天使のままでいて欲しい。何も知らなくて、疑うことを知らない無垢なリリエルが大好きだ。でも、それと同じくらい人間のことも好きになってしまっていた。
「リリエル!良く聞きなさい!神は今の人類を滅ぼすことを決めたの!人類が霊子力を解明し、神を殺す力を手に入れたからよ!こんなことを何億年も繰り返しているのよ!自分の姿を模した知的生命体を創って、そして自分好みに育てて、そして気に入らないと全部壊すのよ!だから、悪魔だけ顕現させて人類と戦わせてるの!どっちかが滅んだ頃に天使が顕現するはずよ!」




