第二十三話 アルマゲドン(2)
『霊子質量増大!事象の地平を超えます!じ、地獄が、溢れてきます!!』
スキーズブラズニルで高城達のサポートをしているヴィーシャが叫ぶ。ディスプレイの霊子質量を示すグラフは急激に上昇して目盛を瞬時に振り切った。そしてグラフのスケールが自動的に一桁ずつ縮小していくのだが表示が追いつていない。悪魔達の霊子質量は、アルマゲドンが始まる前に比べて既に10の14乗倍に達していた。
「なんて霊圧・・、これが、今の悪魔の力なの?こんなにも強力なの?アンドラス!どういうこと?こんなの・・・前回のアルマゲドンの比じゃないわ!」
激しい霊圧を受けてリリエルは明らかに動揺していた。12000年前のアルマゲドンを経験しているリリエルの目には、今の悪魔達の力は絶望的なほど強大に映っている。
事象の地平から黒い何かがあふれ出してくるのが目視でも確認できた。それはうごめく泡のようであり、地獄からわき出すマグマの様でもあった。
そしてブラックホールから出てきた泡の中から物体が現れ何かしらの形を成していく。ディスプレイの拡大映像には、人の顔や動物の顔をした禍々しい悪魔達が孵化している様子が映し出されていた。
「何かを叫んでいるのか?」
高城の前のディスプレイにも、悪魔達の拡大映像が映し出されている。孵化したばかりの悪魔達は口を開けて何かを叫んでいるように見えた。そして悪魔達の口の動きが揃い始める。
♪♪七日の歩み ここに守られ 願わくは主があなたを祝福し、あなたを守られるように・・・・♪♪
「歌っている?悪魔達は何をしているんだ?リリエル、あれは何かの儀式なのか?」
宇宙空間なので音声が伝わることなど無いのだが、悪魔達の歌声は知的生命体である人間の心に直接届いているようだった。
「解らないわ・・・、でも、このフレーズは・・賛美歌・・?」
♪♪ミディアンの民に復讐を 男と男を知っている女は皆殺しに 処女は選ばれし民の供物に 汚れしものは神の業火で清められん 我らは神の栄光と共に♪♪
「これは、旧約聖書の民数記の一節だ・・」
高城蒼龍は悪魔達が歌っている歌詞を記憶と照合する。そして、それは旧約聖書の民数記の記述である事に気付いた。
※旧約聖書 民数記 モーセがイスラエルの民を率いてシナイ山からモアブに至るまでの出来事を記述している。そして、その道中でイスラエルの民はミディアン人と戦い、男と男を知っている女は皆殺しにし、処女のみ生かしてイスラエル兵の褒美として与えたと記述されている。ちなみに、同じ記述はイスラム教のコーランにもある。
「何故悪魔が賛美歌を歌ってるの?なぜ主を讃えているの?アンドラス、何か知ってるんだったら教えて、ねぇ、おねがい・・」
「リリエルぅ、そんな事はどうだって良い事よぉ。ただ、このアルマゲドンは前回のような出来レースじゃないわぁ。ルシフェル様は本気で悪魔を率いて挑んでくるわよぉ。人類を支配する為じゃない。人類も、天使も悪魔も、神もこの銀河すら無に帰す為にねぇ」
「アルマゲドンが出来レース・・・?」
『悪魔の受肉を確認しました!ドローン艦隊による砲撃を開始します!』
ブラックホールを取り囲むように布陣している無人のドローン艦隊から砲撃が開始された。霊子力炉から発生する人工霊子力を載せて打ち出される無数の銀の弾丸は、星間物質の粒子と反応して薄い光の帯を描きながら悪魔達に向かっていく。そして事象の地平付近で激しい爆発を起こした。その爆発は、ブラックホールをまるで恒星のように輝かせるほどの光を放つ。
「リリエル!まだ顕現しないのか?悪魔達は受肉して顕現してるんだぞ!」
決戦兵器ロキには霊子力炉が搭載されてはいるが、戦闘行動をするためには顕現した天使か悪魔の力が必要だ。しかし、悪魔達は顕現しはじめているのに天使であるリリエルに変化は無い。
「アンドラスの顕現を確認しました!ロキ二号機、起動します!」
アンドラスの顕現を確認したロキ二号機のシステムは、起動シーケンスの実行をメアリーに解放した。そして、メアリーは訓練通りにそれを実行する。
「霊子力炉出力上昇!霊圧150000eeP!アンドラスの魂とのリンクを確立!ロキ二号機、発進します!」
全高310メートル、重量29万7千トンの巨大人型兵器がゆっくりと動き出す。そしてその巨体はスキーズブラズニルの第0番格納庫から宇宙に飛び出していった。
「メアリー、すごいわ!この決戦兵器!私の魂と完全にリンクしてるわぁ!こんな技術があるのね!」
宇宙空間に出たロキ二号機はスキーズブラズニルの前衛に布陣した。悪魔達はまだドローン艦隊を突破してきてはいないが、それも時間の問題だろう。サタンやアザゼルといった大悪魔を検知した場合、その情報はすぐにロキに送られることになっていた。
「あれが決戦兵器?」
スキーズブラズニルから出撃した決戦兵器を見た犬神中尉は、その巨体に目を奪われた。全高20メートルほどのミョルニルに比べてあまりにも大きすぎる。この大きさで、人型にする必要が本当にあったのかと疑問に思った。
「あの波動はメアリーとアンドラスだわ。高城提督の機体はまだみたいね」
ガタマザン探索以降、犬神中尉とバディを組んでいるタチバナ中尉が答える。
決戦兵器ロキの情報は、事前にミョルニル部隊にも通知をしていた。ブリーフィングで決戦兵器の画像は配布されていたが、実物を見るのは皆初めてだった。しかし、事前に示されていた情報と少し異なっている。
「アンドラス、この黒いモヤの様なものは何?あなたが何かしてるの?」
「メアリー、これは受肉よぉ。私の本当の姿を見せてあげるわぁ」
ロキ二号機の周りにまとわりついていたモヤはだんだんと濃くなっていき、決戦兵器を包んでいく。そしてそれは禍々しい悪魔の姿に変化していった。
受肉したその姿は、禍々しくも美しいアンドラスの姿であった。頭にはフクロウの耳のような角が有り、背中には猛禽類を思わせる羽根が生えている。体は透き通るように白く妖艶で、申し訳程度に黒い衣装を纏っていた。
「あ、悪魔・・だと?まさか、決戦兵器が乗っ取られたのか!?」




