第二十話 モルガン・ル・フェ
「神に天使に悪魔、さらに原初の神か・・、この宇宙にはまだまだ解らないことが残されているんだな」
自室に戻った高城蒼龍は、制帽と上着を脱いでソファーに深く腰を沈めた。そして独り言をつぶやくように、“誰か”に話しかけた。
『アブラクサスは原初の神のことを“法則”と言っていたようですね。“存在”ではないと。つまり、一般大統一理論そのものという事でしょう』
部屋に設置されているスピーカーから声が返ってくる。量子スーパーコンピューター「モルガン・ル・フェ」が、若い女性の声で返答してきたのだ。言語はロシア語だ。
この世界では、1995年頃に強い力・弱い力・重力・電磁気力を統一した「特殊大統一理論」が完成した。そして2008年、それに五つ目の力である「霊子力」を取り込んだ「一般大統一理論」が完成している。アブラクサスの言っていた「この大宇宙を統べる法則」とはおそらく「一般大統一理論」の事だ。そして、原初の神とはビッグバンから始まるこの宇宙そのものと言うことなのだろう。
「大宇宙そのものか・・。雲を掴むような話だが、アブラクサスの言うことが真実なら原初の神には意思は無いということだな。その原初の神が創った大宇宙の中で、一般大統一理論の法則に従って霊体や実体が活動し、勢力争いをしていると言うことなのだろうな」
『おそらくその通りです。第六文明人の船、ガタマザンのデータでは、アブラクサスや原初の神の関与は見つけられませんでした。彼らは各島宇宙での出来事には興味がないのでしょう。10万光年くらいの距離なら霊子波通信はできますが、それ以上になると霊子波も減衰してしまいます。現状の技術では一番近いアンドロメダ銀河とも霊子波通信はできません。原初の神の眷属というアブラクサスは、150億光年先とも通信できる方法を持っているのでしょう』
「やっかいな相手だが、我々に不干渉というのであれば殊更危険視する必要も無いか。とりあえずは目の前の悪魔達を撃退することに専念しよう。そして、場合によっては・・・・」
『場合によっては・・・』
現時点の戦力で、悪魔達を押し返すことは出来るだろう。量子スーパーコンピューター「モルガン・ル・フェ」のシミュレーションでもそう計算されている。しかし、これまでのアンドラスやアブラクサスの言動から推測すると、悪魔や天使、そして神を殺すことの出来る力を得た人類を、神や天使は許さない可能性がある。もしかすると、神は“グレートリセット”を選択するのではないか?高城蒼龍の中でそれは既に確信に達していた。
「対天使攻撃プログラムの実装を急いでくれ。そんな事にならないのが一番いいのだが、それでも万が一に備えておかないとな」
『そうですね。悪魔であろうと天使であろうと、人類に仇をなす者は容赦なく殲滅する。その覚悟はもう出来ているのですね』
「ああ、アンドラスとアブラクサスの会話で確信に変わったよ。天使や神は、彼ら自身を滅ぼす力を手に入れた人類を許容しない。それに対抗する準備はしておく必要がある」
『リリエルさんはなんと?』
「神様やミカエル様達が人類を滅ぼすなんて事は絶対ないわ!この地球の人類を200万年間庇護してきたのよ!そのことをちゃんと伝えてね!で、でも、万が一に備える事は否定しないわよ。どうせ無駄骨になるでしょうけどね!」
「・・・と言うことらしい」
コンピューターであるモルガンはリリエルの言葉を直接聞くことは出来ないので、高城の言葉を介して聞いている。
『リリエルさん、天使や神様が人類を滅ぼすなんて思ってませんよ。私も敬虔なロシア正教徒ですからね。でも、あらゆる可能性に対処する必要があります。人類が滅ぶようなことは絶対にあってはなりません。それは勝巳の遺言でもあるのですから・・・』
「そうだな。人類の存続と繁栄はみんなの願いだ。あらゆるケースを想定してシミュレーションを頼むよ。人類の未来はキミの頭脳にかかっているといっていい」
『ふふ、任せてください。私はその為にここに居るのですから。ガタマザンの解析は明日には完了します。完了したらお知らせしますね、蒼龍』
「ああ、よろしく頼むよ、アナスタシア。じゃあ、今日はおやすみ」
最近かなり忙しく、なかなか更新できずに申し訳ありません。
先日は東京に行って湖川先生と表紙の打ち合わせをしたり、第二巻の原稿の校正をしたりと着々と準備をしております。
必ず完結させますので、長い目で見て頂ければと思います。




