第十九話 ギゼの想い出
「会いたかったよ、アンドラス。キミの存在自体が消えてしまったんじゃ無いかって、ずっと心配していたんだ」
目の前には、ガタマザンの中で見た青年が立っていた。美しい金の刺繍のローブを纏い、切れ長でまつげの長い整った眼で私を優しく見ている。その人は、その顔に柔和な笑みを浮かべて私に語りかけてきた。
「あなたは・・ギゼ?でも・・・わたしはアンドラスじゃ無い・・・。私はメアリーよ」
そう、私はアンドラスじゃ無い。アンドラスに憑依はされているけど、私はメアリー・・・。
「何を言っているんだい?アンドラス。キミはアンドラスじゃないか。人類の救世主であり、そして、オレが唯一愛した天使・・・」
そう言われた私は、何故か左手に持っていたスマホをのぞき込んで自撮りモードにした。そして、そこには見たことの無い女性が映っている。
「あ、わたし・・じゃ・・・無い・・。でも、これ・・・アンドラスでもない・・・」
髪は黒に近いブラウンで、瞳の色は黒い。そして白いローブを纏って背中には鳥の羽根が生えていた。よく見てみると、目や鼻のパーツはアンドラスに似ている。
「これは・・・堕天する前のアンドラス?」
アンドラスからは1万年ほど前に堕天したと聞いている。それならば、輪郭や顔のパーツがアンドラスにそっくりなこの天使は、おそらく堕天する前のアンドラスなのだろう。
「なんて・・・美しい・・」
天使だった頃のアンドラスは、今の禍々しい姿からは想像できないくらい可憐で美しい。女の私でも惚れてしまいそうだ。
「そうだよ。キミはアンドラスだ。グワンドローの爆発で意識が混乱しているんだろう。もう大丈夫だ。グワンドローの暴走によって周辺の悪魔は消滅したんだよ。そして、地上の最終防衛線で残存する悪魔の撃退に成功した。人類は救われたんだ」
「人類は・・・救われた・・・の?」
ギゼは微笑みながらゆっくりと近づいてきた。そして、私を両手で優しく抱きしめる。私はギゼに身を任せて、彼の胸に顔を埋めた。
「懐かしいにおい・・・」
私は頬をギゼの胸に押し当てて何度もにおいを確かめた。間違いない、ギゼだ。ギゼの体温と心臓の鼓動を感じることが出来る。
「ギゼ、良かった・・・生きていたのね・・」
私はギゼを見上げて、心から安堵した。81万年前と変わらない、優しく暖かい笑顔だ。そして私はゆっくりと目を閉じる。ギゼの吐息がだんだんと近くなってきた。
「アンドラス、愛してる」
ギゼはそうつぶやいて唇を重ねてきた。私はその懐かしい感触に、体中に電気が走ったような感覚を覚える。
「ああ・・ギゼ・・ギゼ・・・私のギゼ・・」
私はむさぼるようにギゼの唇の感触を確かめた。涙が止めどなくあふれてくる。ギゼの手は私を愛おしむように強く抱きしめてきた。私も唇で、両手で、体中でギゼの温もりを感じている。
「あん・・・いや・・・そこは・・・」
ガバッ!
「こ、ここは・・・?」
チッ
えっ?舌打ち?
私は上体を起こして周りを見回した。いつもの私の部屋だ。時計を確認すると起床時間までまだ2時間ほどあった。
心臓が早鐘のように鼓動を打っている。体中汗でびっしょりだ。変なところも・・。
「ア、アンドラス!あなた、私に変な夢を見させたでしょう!何を考えてるの!?」
「な、何をって、ナニに決まってるでしょ!メアリー、あなた子供?」
「ふざけないで!私の体と感覚共有して、あんなふしだらな事をするなんてほんと信じられない!」
「81万年ぶりにギゼの姿を見たのよ!ちょ、ちょっとくらいカラダ使わせてくれたって良いじゃない!減るもんじゃないんだしさ!それに何で良いところで目を覚ますのよ!もうちょっとだったのに!ちゃんと寝てなさいよ!」
アンドラスに憑依されてから10年になるが、こんなに慌てている姿を見るのは初めてだ。顔をまっ赤にしているのがちょっとかわいらしい。でも、人の夢を使ってあんな“おじさん”といやらしいことをさせるなんて許せない!
「だいたいアンドラス、あなたギゼって男に憑依していたときは霊体だったんでしょ!?霊体なのにあんな事してたの!?そんなことしてるから堕天したんじゃ無いの!?」
「憑依しているときは、人間の感覚を共有できるのよ!私とギゼの相性は最高だったの!あなたみたいな子供には解らないでしょうけどね!」
「天使はみんなそうなの?憑依した人間とそんな事をするの?あなた、ルメイとかともそんな事してたんじゃないでしょうね!?」
「私が許したのはギゼだけよ!人をビッチみたいに言わないでよ!」
――――
「高城提督、ラボから解析結果が来ました。どうやらあの船は、80万年前にこのブラックホールに来て、シュバルツシルト面を公転していたようですね。それで、ほとんど時間が進んでいなかったようです」
犬神中尉達が持ち帰った端末は艦内のラボに送られて、量子スーパーコンピューター「モルガン」が解析をしていた。そして、第一報がもたらされたのだ。
「なるほど。今より低軌道を光速で公転していたと言うことか。そして徐々に高度を上げてきたのか?」
「はい、1000年ほど前から少しずつ高度を上げています。おそらく、アブラクサスが霊子力炉に取り憑いたことで公転軌道が変わったのではないでしょうか?」
「敵の機動兵器に乗っていたトカゲについては何かわかったか?」
「はい、それも第六文明人が遺伝子操作を加えたようですね。どうやらブラックホールの監視と、悪魔が顕現したときの時間稼ぎをする目的があったようです。しかし、この80万年の間に何度かアルマゲドンがあったはずですが、そのイベントログはありませんでした。おそらく、シュバルツシルト面に近づきすぎていた為ではないかと」
シュバルツシルト面で公転をしていたと言うことは限りなく光速に近かったはずだ。この状態ではほぼ時間は進まない。その為、各種センサーも停止しているのと変わらなかったのだろう。
高城蒼龍は80万年前のギゼとアンドラスに思いを馳せる。お互いに信じ合い、力を合わせて悪魔と戦ったが人類は滅んでしまった。その時のアンドラスの気持ちを思うと、胸が締め付けられる。同じ時刻、アンドラスがメアリーを使っていやらしい事をしているとは露ほども思っていない。