第十八話 アブラクサス(2)
「すると、あの第六文明人の船に乗っていたのはアブラクサスという別系統の霊的存在と言うことか」
攻撃空母ガタマザンから帰還した3人は、旗艦スキーズブラズニルに出頭して高城提督に報告をしていた。ガタマザンに接近した強襲揚陸艦イカロスは補助エンジンを限界まで噴射して、なんとかガタマザンの射程外に移動していた。そして、現在メインノズルの修理をしている。
「はい、高城提督。アブラクサスは真なる原初の神の眷属と名乗っていました。そしてアルマゲドンの事を“所詮この銀河系の覇権争い”だと・・・」
犬神中尉がミョルニルで撮影した映像を見ながら説明をしている。アブラクサスは霊的存在ではあるが、動画にもハッキリと残されていた。これはこの三次元空間に顕現していることを表している。
「アルマゲドンが始まってもいないのに顕現しているということは、やはり別系統の霊的存在なんだろうな。観測された霊子波も、ブラックホールの中に居る悪魔とは少し違う物だった。このアルマゲドンに干渉しないと言ったそうだがどう思う?リリエル」
「アブラクサスがどういう存在かは正確にわからないけど、基本的に高次の霊的存在は嘘を吐くのは難しいのよ。アンドラスが言うように強烈な霊波を出していたのだとしたら、現時点で嘘は無いと思う。ただ、今後気分が変わることはあるかもね」
リリエルやアンドラスの話によれば、天使や悪魔は上位に行けば行くほど嘘がつけなくなるそうだ。もちろん黙秘することは出来る。しかし、あえて真実では無いことを言うことは出来ないらしい。そうだとすると、嘘を言わないでスターリンやヒトラーをあのような悪魔に仕立て上げたテクニックは恐ろしいものがある。
「悪魔が人間を操るのは簡単よぉ。その人間が信じたいと思っていることを肯定してやって、それを実現するための方法を提示してやればいいだけだもの。ルメイもポルもアミンも素直で良い子だったわよぉ。何の疑いも無く喜んで大虐殺をしてくれたんだからぁ」
アンドラスが高城達の会話に割り込んできた。今でこそ契約によって人間に敵対出来なくなってはいるが、20世紀において虐殺者や独裁者に憑依して何百万もの人を殺した張本人なのだ。これが人間のしたことであれば逮捕されて終身刑になるのだろうが、あいにく悪魔を個別に取り締まる法律は無い。地球連邦憲章には「人類への脅威に対して、あらゆる手段を講じる義務がある」とされ、それを根拠に地球連邦宇宙軍が組織されているのだが、過去に起こした事件を理由に、現時点で脅威を失った悪魔の排除は出来ないのだ。高城は法律の不備があるかもなと思う。
「やめて!アンドラス!人をたくさん殺したことを自慢するのは!わたし、あなたのこと嫌いになりたくない・・・」
メアリーはそう叫んでうつむいた。両手の拳を思いっきり握りしめて震えている。
「アンドラス、それくらいにしてくれ。悪魔としての職責を果たしただけなんだろうが、聞いていて気分の良い事じゃない。お前が殺した人間の中にも、ここに居る犬神中尉やタチバナ中尉、メアリー准尉の様に、ただ人々の幸せを願っていただけの人もたくさん居たはずだ。そういう人々をたくさん殺したことを忘れるな」
「ふん、なによぉ、偉そうに。あなたも核爆弾で200万人も殺したじゃないのぉ。何の罪も無い無垢な赤子もまとめてね。それとも、もう忘れちゃったのかしらぁ?」
アンドラスの言葉に、高城蒼龍は少し息を呑む。核兵器の開発を主導し、何百万人も殺す準備をして、そしてそれを実行したのだ。その人達の事を一日たりとも忘れたことは無かった。
「忘れてなんかいないさ。だが、オレには人類を守るという義務がある。そして、それは贖罪でもあるんだ。アンドラス、過去のことは既に終わったことだ。それを今更追求することは無いが、自慢するのはやめてくれ」
高城はまっすぐにメアリーの目を見た。高城にはアンドラスの姿は見えない。しかし、アンドラスはメアリーの目を通して、高城の強い視線に射貫かれていた。高城に自分の姿と心が見透かされているような、そんな錯覚さえ覚える。
“ギゼ・・・”
81万年前、ギゼは最終兵器グワンドローを守るために第七コロニーの破壊を命じた。そのコロニーには200万の避難民が居たにもかかわらず。それでも、人類を守るためにギゼは200万人を犠牲にする事を決断したのだ。結果、人類を守ることは出来なかったが。
高城蒼龍もおそらくギゼと同じ決断をしたのだろう。アメリカにこれ以上核を使わせないために、あえて無慈悲な攻撃をしたのだ。それは苦渋の決断だった事に疑いは無い。
“本当に、ギゼにそっくりなのね”
そのつぶやきをメアリーだけが聞いていた。アンドラスの心の動揺が伝わってくる。アンドラスはこの艦隊で高城蒼龍に会ってから、心を乱すことが多くなったような気がする。それだけ、高城蒼龍は昔のことを思い出させてしまうのだろう。
「高城提督。しかし、メアリーに憑依しているアンドラスに危険は無いのでしょうか?排除した方が良いのではと愚考いたします」
犬神中尉が不安そうに質問をする。その顔はまっすぐに高城の方を向いているが、視線は横に立っているメアリーの方をちらちらと見ていた。
「生意気なクソ餓鬼ねぇ。私が顕現したら真っ先にその内臓を食いちぎってあげるわぁ」
悪魔や天使の言葉には言霊が宿っている。アンドラスは顕現していないとはいえ、人間にとっては危険なレベルの言霊を乗せて犬神中尉に言葉を投げた。
「アンドラス、契約で人間の敵になることは出来ないんじゃないのか?」
高城蒼龍はあきれたように方をすくめる。
「あら、私が人間の味方をするために、このクソ餓鬼が足手まといだと判断すれば排除できるのよぉ。死にたくなかったらそう思われないように注意することねぇ、坊や」
「くっ・・・」
犬神中尉はアンドラスの言霊に気圧されて、だらだらと汗をしたたらせている。顔面は蒼白だ。
「アンドラス、若者をいじめるのはそれくらいにしてくれ。オレはお前の言った人間の味方になるという言葉を信じている。それは一人一人の人間に対して同じだということもだ。それと犬神中尉、タチバナ中尉、さっきも言ったがメアリー准尉にアンドラスが憑依していることは極秘だ。不必要な不安を広げる必要も無い。それに、メアリーには決戦兵器のパイロットになってもらう予定だからな。その事も極秘にしておいてくれ」
3人は高城の執務室を出た後、それぞれの隊へ戻っていった。
――――
「どう?犬神中尉、リリエル様と話をした感想は?」
タチバナ中尉がちょっといたずらっぽい表情で犬神中尉の顔をのぞき込む。犬神中尉はアンドラスに脅迫されたことで、まだ心拍数が上がったままだ。そして言いようのない恐怖と寒気に襲われていた。
「顕現もしていないのにあの霊圧はなんなんだよ?それにアンドラスは本当に安全なのか?あの殺気は本物だったぞ」
「高城提督とリリエル様が大丈夫って言ってるんだから、それに従うしかないでしょ? あなたが余計なことを言ったからアンドラスを怒らせちゃっただけよ」
「しかし、あんなに霊子力の高い存在が顕現したら・・・・本当に想像したくないな」