第十七話 アブラクサス(1)
「アブラクサス・・だと?」
その悪魔のように見える異形は自らのことをアブラクサスと名乗った。そして、真なる神の眷属だという。
三人はすぐにミョルニルのデータベースを検索した。ミョルニルのAIは地球のネット上に存在するありとあらゆる情報を網羅しており、最適な解を瞬時に提示してくれるのだ。
【アブラクサス】
第1候補 登録者数80万人の人気バーチャルタレント。2035年から活動・・・・
第2候補 MANDAINAMACOのRPGゲームのラスボス
第3候補 漫画「ラキア」のキャラクター
「タチバナ中尉、どう思う?バーチャルタレントの配信って、こんな所でも出来るのか?」
「い、犬神中尉、さすがにそれは無いと思うのだけど・・・・、じゃあいったい何者?」
無線の会話は当然メアリーのミョルニルにも聞こえている。
「ねぇ、メアリー。あの二人ってバカなの?」
「アンドラス、普通の人はアブラクサスって言われても知らないわよ。私だってアンドラスに教えてもらうまで知らなかったのよ」
アンドラスもアブラクサスに会ったことは無かった。その存在と名前だけが語られ、実在するのかどうかも怪しいとされていたのだ。それに、アブラクサスが実在しその上位の“神”が居るのであれば、今まで天使が主と仰いでいた“神”と相容れることは出来ない存在だ。天使や悪魔の間では、アイオーンと呼ばれるアブラクサスの存在を語ることはタブーとされていた。
しばらく黙ってみていたアブラクサスが、三人の心に再び語りかけてきた。
『貴様ら、まさかとは思うが非常に無礼な事を考えていないか?』
その言葉は、心の奥底にある根源的な恐怖をかきたてるような、とても重たい響きを持っていた。アブラクサスは悪魔では無いと言ったが、三人にはどう考えても悪魔にしか思えない。
「あ、あなたは原初の神の眷属、アイオーンの王にして365の天界を支配する大天使様ですね!」
メアリーはアンドラスから聞いた内容に従ってアブラクサスに話しかけた。エルフの能力を使ってアンドラスやリリエルに話しかけるようにすれば伝わるはずだ。アブラクサスの非常に強い怒気が伝わってきており、これ以上怒らせると危険だと感じたのだ。
『その通り。余はこの大宇宙を創った真なる原初の神の眷属である。お前達はこの船を調査に来たと言っていたな?何の為にだ?』
「そ、それはもうすぐ始まるアルマゲドンで悪魔と戦う為よ!このブラックホールに閉じ込められている悪魔が出てきたら撃退するのよ!」
メアリーは恐怖に耐えながら返事をする。その間にも、アンドラスはアブラクサスの情報をメアリーに伝え続けていた。
『悪魔との戦いだと?それなのに、なぜお前は悪魔を連れてきているのだ?その悪魔はアンドラスか?いつの間にか堕天したのだな?』
「「!?」」
アブラクサスの言葉に犬神とタチバナは驚きを隠せなかった。
“アンドラスを連れてきているだと?”
アンドラスと言えば、100年近く前ルメイに憑依して日本とユーゴスラビアに核を落とした張本人だ。それがメアリーに憑依しているというのか?
「メアリー准尉、ど、どういうことだ?悪魔に憑依されているのか?」
犬神中尉も普通ならそんな荒唐無稽なことは信じなかっただろう。しかし、目の前のアブラクサスが発した言葉には言霊が宿っていた。エルフの感覚を持つ二人には解ったのだ。それが事実であると。
「ええ、そうよぉ。私、アンドラスはこのかわいいメアリーに憑依しているのぉ。でもね、ちょっと黙っててもらえるかしら?」
アンドラスは犬神とタチバナにここは任せて欲しいと伝える。アブラクサスと対等に話が出来るのはアンドラスだけなのだ。
「アブラクサス、あなたの言うとおり私はアンドラスよ。よく知っていたわね。ここに居るって事は、アルマゲドンに干渉するのかしらぁ?」
『ふん、お前達低俗な存在が何をしようと干渉することは無い。好きにするが良い。所詮、この天の川銀河での覇権争いであろう。大宇宙を統べる真なる神にとっては些末なことだ』
アンドラスが生まれてからいくつかの文明を見てきた。しかし、そのどれもこの天の川銀河の中だけだ。大宇宙には銀河系と同規模の島宇宙が2兆個から10兆個存在すると言われている。当然、その島宇宙にも文明が存在するだろう。では、その文明を庇護している神は、この天の川銀河に存在する神と同一なのであろうか?アンドラスは今までその事を考えたことも無かった。
「あなたの言う真なる神は、この大宇宙を創ったというのぉ?何兆個もある銀河を?」
『愚問だな。真なる神とは存在では無い。法則だ。この宇宙の理そのものである』
“法則、宇宙の理”
「まるで禅問答ねぇ。じゃあその真なる神の眷属であるあなたは、ここで何をしていたのかしら?それに、なぜあのトカゲに遺伝子操作をしたのかしらぁ?」
『トカゲに遺伝子操作だと?余は何もしておらぬ。ここへ来たときには、あのトカゲどもは既に機械の中に入っておった』
アブラクサスの話によれば、1000年ほど前にこの宙域に近づいたとき、人工的な霊力、つまり霊子力炉を見つけたので寝床にしていたらしい。そして、その時には既にトカゲはコールドスリープ状態にあったということだ。
アンドラスはこの1000年間の出来事をアブラクサスに話した。そして、悪魔を殺すことのできる技術を手に入れた人類が、この銀河中心に集結しているのだと。
『そろそろアルマゲドンが始まるのでな、余もここを発とうと思っていたところだ。今日は面白き話を聞くことができた。その褒美にお前達の存在を消さないでやろう。そして、このアルマゲドンがどうなるか興味が出てきた。最後まで見てやろうではないか』
「それは、干渉をしないでただ見るという事ね?」
『その通りだ。ただ、お前達は悪魔を殺す力を得たと言っていたな。それがどういうことか、アンドラス、お前には解っているのだろう?それがどのような結果をもたらすのかを。そして、その事をニンゲンに伝えてはおらぬ。本当にニンゲンの味方なのか?』
「大きなお世話よぉ。私はね、こんな悲劇を繰り返したくないのぉ。だからね、全てに決着を付けるのよぉ。それがルシフェル様や神のご意志に逆らうことになってもね」




