第十五話 攻撃空母ガタマザン(3)
メアリーはメモに書いてあるパスコードをコンソールに打ち込んだ。艦内の気体はほぼ窒素100%だったので、メモやインクの劣化もほとんど無く鮮明に読み取れた。
「解除できたわ。何か解る?アンドラス」
メアリーはアンドラスの指示に従ってコンソールを操作する。UIは地球の物とは当然異なっているが、直感的にデザインされており使い勝手は良さそうだった。
「この艦は移民船団“白い拠点”に随伴していたようねぇ。どうやらブラックホールの監視の為に一艦だけここに来たみたい。持ち帰って全部読んでみないと全容は掴めないわぁ。この端末にデータを移せると思うから試してみてもらえるかしら」
艦長席の左側に、30センチ四方くらいの端末がはめ込まれていた。大きめのタブレットの様なものだ。アンドラスの指示でその端末にデータを移し替える。
「この端末、持ち帰っても動くの?」
「問題ないわぁ。電源は20V の直流よ。世界が違っても電気の働きは同じなのよねぇ。でも念のため副長席の端末も持って帰りましょう」
データファイルのディレクトリ階層は地球の物と類似していた。直感的に操作ができる。そして、その操作を見ていたアンドラスがメアリーの手を止めた。
「あ、ちょっと待って。メアリー、このファイル実行してみて」
ディレクトリの中にあった一つのファイルを、アンドラスはメアリーに開くよう指示を出した。
「Crusade(聖戦)・・・?アルマゲドンのこと?」
ヘッドマウントディスプレイにはCrusade(聖戦)と翻訳が表示されている。メアリーはそのファイルにポインターを合わせてアンドラスの指示の通り実行した。
「な、なんだ?」
犬神中尉が突然の異変に声を出した。タチバナ中尉も艦橋内のディスプレイを見回す。突然、全てのディスプレイが同じ動画を流し始めたのだ。
ディスプレイには美しい刺繍の施されたローブを纏う“人間”が映っている。目、鼻、口、耳の形は現代の地球人と微妙に異なっているが、それでも同じ進化系統に属しているとすぐに解る。男性か女性かはわからない。しかし、その姿からは力強い凜々しさが伝わってきた。
『諸君!ついに戦う時が来た!』
その人間は堂々とした声量でハッキリと話し始めた。ディスプレイには音声と同時に字幕が表示されているので、メアリー達にも何を話しているかが理解できる。第六文明人全てに語りかけているのだ。
『もうすぐ悪魔の大軍が現出し襲ってくる!しかし、我々はこの時のために準備をしたのだ!悪魔を殺すことの出来る力を手に入れた!恐れることはない!神の定めたこの不条理な戦いを我々の手で永遠に終わらせよう!我らには天使アンドラスが付いている!勝利は我らの手に!!』
数分間の演説の後、聴衆から万雷の拍手で動画は終了した。この動画の人間は、人類が最大の危機に直面していること、その中で、全ての人間が協力して悪魔に対抗する力を付けたこと、そして、必ず勝つことが出来ると強く訴えている。その思いは痛いほど伝わってきた。そして、それは叶うこと無く80万年前に滅んでしまったことを、ここに居る全員が知っていた。
「・・・・ギゼ・・・私のギゼ・・・・ああ・・・・どうして・・・あんなに私のことを信頼してくれたのに・・・それなのに私は誰も助けることが出来なかった・・・・ギゼ・・・みんな・・・・ごめんなさい・・・・うう・・う・・うわあああぁぁぁーーーん!ギゼ・・・・私のギゼ・・・・」
「・・・アンドラス・・・・」
アンドラスが泣いている。アンドラスがメアリーに憑依したとき、アンドラスは自分のことを悪魔だと名乗った。悪魔だけど、人間の味方になってあげるといってメアリーの中に入ってきたのだ。そして10年、いつもアンドラスは自信たっぷりで、いろいろなことを教えてくれて、頼りになるお姉さんのような存在だった。でも、そのアンドラスが泣き崩れているのだ。まるで幼子のように声を出して泣いている。
「どうした?何があったメアリー准尉!」
泣き崩れるアンドラスにメアリーは動揺を隠せていなかったようだ。メアリーの異変を感じた犬神中尉が艦長席に駆けつける。
「あ、いえ、その、パスワードの書いた紙があったのでコンソールに入力したところ、この動画が始まりました」
「パスワードを入力したのか?不用意に操作をするなと言ったはずだ!まあ、パスワードを見つけたのはお手柄だったな。どうだ?データを持ち帰れそうか?」
「はい、犬神中尉。この端末にデータを移せそうです。あそこの副長席らしい所にも同じ端末がはめ込まれているので、それも持って帰れるのではないでしょうか?」
持ち帰れる情報は出来るだけ多い方が良い。犬神とタチバナは手分けをして端末にデータをコピーすることが出来ないか試してみた。そして、別の席でパスワードの紙を見つけることに成功した。
「よし、できる限りのデータはコピーできた。他にも持って帰れる物があればミョルニルに運ぶぞ」