新たな敵の来襲
〈よっ、と……これでいいのか?〉
頭上から太い男の声が降ってきた。
ハリスの声だった。
〈言い知らせと悪い知らせがある。どちらを聞きたい?〉
「いい方から聞こう」
ライルは声のする方に向かって言った。
リスティには見えなくても、そちらにスピーカーとマイクがあるのだろう。
〈列車の制圧が完了した。動力炉も止めたし、爆発の危険はなくなった〉
「結構だ。こちらの損害は?」
〈実質的な損害はゼロだ。誰かさんのおかげで、車内はほとんど無人だったからな。まさにパーフェクトゲームだよ〉
ハリスの評価を聞いて、リスティはちょっと得意になった。
ちらりとライルの反応をうかがってみる。
でも、期待に反して、彼は気にも止めていなかった。
代わりに彼が気にしたのは、全く別のことだった。
「ほとんど?」
〈動力区画に5人ばかり残っていた。暴走を止めろとか無茶な命令でも受けたのかもな〉
あっさりと告げられる通信に、どばっと汗が出たのをリスティは感じた。
取り返しのつかないことをやってしまったという後悔が、汗となって流れ出てきた。
〈だがまあ、催眠弾のおかげで、今では夢の中だがね〉
優しく言い聞かせるような報告を聞いて、リスティはへたり込みそうになった。
(まったくもう。心臓に悪いでしょ……)
そう文句を言ってやりたい気持ちは、心の中にしまっておいた。
そもそもの原因は、自分にあるのだから。
「それで、悪い方は?」
〈エルバーンからの増援部隊が接近中だ。戦闘車両がおよそ30。もう間もなく接触する〉
リスティは窓に駆け寄り、外を見た。
砂漠のはるか先、地平線の彼方に砂煙が上がっていた。
赤い月に照らされた砂塵が左右に大きく広がり、まるで津波のように見えた。
〈厄介なことに主力は失魂者どものようだ。お前が狙ったお嬢ちゃんは、よほどの重要人物なのかもしれんな〉
ロスト。
それは神より授けられた軍隊――神軍の中核をなす存在だった。
意思も感情もなく、与えられた命令をためらいの欠片も見せずに遂行する。
その身体能力は高く、流れるような動作であらゆる武器を使いこなすため、人間ではとうてい太刀打ちできない存在だった。
「予想よりも早いな。何かあったのか?」
〈わからん。あるいは、計画を察知されていたのかもな〉
「それはない。仮に襲撃計画が漏れていれば、この程度の警備では済まなかっただろう」
ライルの言うことに、ハリスも同意した。
それからも二人でさまざまな可能性を検討していたが、
「念のために聞きたいのだが」
と、リスティはいきなり話を振られた。
見つめていた窓の近くから離れ、少女は彼に向き直る。
「当然、無線機は潰してあるのだろうな?」
「むせんき?」
リスティはオウム返しに聞いた。
そういえば、そんなものもあったような……彼女にはその程度の認識しかなかった。
碧眼が、すっと細められた。
疑念が確信へと変わった瞬間だった。
「戦闘を仕掛ける際は、まず通信手段を封じて援軍を断つ。基本的な話だろう」
「あ……」
と言ったきり絶句してしまったリスティを見て、ライルは頭痛をこらえるように軽く額を押さえた。
ただ、その仕草にはわざとらしさが残っていた。
それもそのはずで、彼は痛みを感じない。
ただ、人の行動を真似ているだけなのだ。
「完璧な作戦ではなかったのか?」
「こ、これは……その、つまりね……」
何も言い訳が思いつかなかった。
リスティの思考は、空回りを続けるばかりだった。
「原因は判明した。できるだけ接触を遅らせてくれ。俺が出る」
〈頼む。お前が頼りだ〉
通信が切れた後も、ライルはじっと見下ろしてくるだけで何も言わなかった。
恐ろしく気まずい沈黙だった。
叱られるのを待つのは、どうにも落ち着かなかった。
何度も足を踏み替え、両手の指をこすり合わせても、リスティの気分は紛れなかった。
いっそのこと逃げ出してしまいたかったが、シアにあんなことを言った手前、それもできなかった。
「それで、何か言うべきことは?」
「……ごめんなさい」
結局、素直に謝るしかなかった。
その、深く反省した様子を見て、ライルは満足したようだった。
「まあ、いいだろう。あの程度の増援ならば、突破するのはたやすい」
「突破って、シアはどうするのよ?」
「無論連れて行く。彼女を抱えていても、戦闘に支障はない」
事もなげに言い切るライルは、大切なことにまるで気付いていないようだった。
「そうではなくて。わたしが言いたいのは、シアに【戦闘の現実】を見せてもいいのかってことよ」
二人が入ってきた扉に視線を向けてみせると、ライルの眉がほんの少しだけ動いた。
大切なことに、ようやく気付いたらしい。
「シアは大切なんでしょ。なのに、あれを見せてもいいの? それでいいの? どうなのよっ?」
反撃の糸口をつかんだリスティは、ここぞとばかりにまくし立てた。
「……」
「それで、何か言うべきことはっ?」
口をつぐんだドラゴニックハーフにとどめを刺すべく、リスティはライルの口調を真似て言った。
「……君の助けが必要だ。手伝ってくれ」
長い沈黙の後に絞り出された答えは、リスティの満足できるものだった。