表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/65

少女の悔恨

 “人間は家畜である”。

 

 リスティはそんなふざけた事実を、受け入れるなんてできなかった。


「飼育に適切な環境と従順な人々。まさに理想的な生産システムとして、この世界は運営されてきました。年に一千万の人間を出荷して、研究や戦争、娯楽……彼らのあらゆる要求を数百年にわたって満たしてきました」


 桜色の美しい唇が、グロテスクな事実を紡ぎ出していく。

 一切の淀みがない口調は、あたかも感情のない機械のようだった。


「ところが、世界を構築してから千年近くの時を経て、内部で初めてのほころびが生じました。それが……」


 シアは片手を上げて、その繊細な指先でリスティを指し示した。


「あなた、です」


「わ、わたし?」


「クラウストルムを感じることができ、なおかつ、自在に制御できる人間が現れる。そんな事態は予想外でした。しかも、それはあなただけではなく、その周囲にいる人にも広がりつつありました。ブランネリ村では、あなた以外にも何か力を使えた人はいませんでしたか?」


「……いたよ」


 幼いころ、空を飛び回れるリスティを羨ましがった村の子供たちが、「わたしもやりたい」と言い出したのだ。

 リスティがその子たちを何度も手助けしているうちに、彼らは自らの意思で空に浮かぶくらいはできるようになっていた。

 他にも、村で怪我人が出た時、リスティがお祈りをして完治したことがあった。

 それ以来、彼は怪我をしてもすぐ治る体質になっていて、近隣の村々から奇跡の人とか呼ばれて持て囃されていたはずだった。


「ちょうど、ウイルスのようなものと考えてもらって構いません。あなたの力の影響を受けた人物が、また新たにクラウストルムに干渉できるようになるんです」


 話し続ける少女の整った顔から、どんどん表情が消えていく。

 まるで人形のような、仮面をつけたような無表情を形成していく。


「そのウイルスが世界に広がり、天罰や奇跡など、人を彼らに従わせる干渉が無力化されることを委員会は恐れました。それだけでなく、人をあちら側へ出荷する『天国の扉(ヘブンズドア)』を無力化される可能性だってありました。そうなっては必要な数の出荷が不可能になり、『牧場』を運営している意味がなくなってしまいます」


 心が凍えるような言葉を、シアは淡々と吐き続けた。

 その姿はまさに、リスティが憎んだ相手そのものだった。


「その可能性を排除するため、委員会は『完璧な措置』を求めてきました。その求めに応じて、わたしはとある作戦を立案して承認を得ました。あなたと接触した可能性のある全てのものを抹消する。つまりは“牧場”から異物を取り除く強硬手段です」


 そこで一息つくと、


「それが、あなたの故郷を壊滅させた理由です」


「そんな……そんなことのために……みんなを殺したっていうの?」


「当時7才だったあなたは、ブランネリ村の外に出たことがありませんでしたから。村を一つ滅ぼすだけで全てが終わります」


 シアは当然だと言いたげな口ぶりで言った。


「ふざけないで! 異物、ですって? わたし達を何だと思っているのよ!」


「家畜をどう扱おうと、飼い主は何の思いも抱きません。全ては目的を達成するための手段であり、道具なんです」


 少女の声はきれいだった。

 でも、その分機械的な響きを感じた。


「かちく? 家畜なの? わたし達が?」


 やっぱり違う。

 シアは人間ではなく、神の眷属。

 それを痛感させられた。


「そんなの、わたしは絶対許さない!!」


 湧き上がる怒気を受けて、シアを包んだクラウストルムの輝きが増した。


(これで心おきなく……)


 と思った。

 さっきのはただの気の迷いだ。

 シアのことを、一人の少女だと勘違いしただけ。


「望み通り、あんたを殺してあげる! 自分がやったことを少しでも悔いなさい!!」


 新緑に輝く光が、シアの体内に浸食していく。

 細胞の一つ一つまでもが、リスティの支配下に入っていく。

 クラウストルムを完璧に制御して、その全てを、自らの思うままに操れるようになる。

 後はたった一言、「死ね」と告げるだけの段階となって。


「なんで……なんでっ」


  感情の高ぶりが、収まってしまった。


  どうしても、あと一歩が踏み出せなくなってしまった。


「泣いてるのよう……」


 一筋の煌めくものが、シアの頬を伝っていた。

 無表情の冷たい人形に、そこだけ人としての温もりがあった。


「えぇっ……うそ……」


 シアは慌てて頬をぬぐった。

 それで初めて、自分が泣いていたことに気付いたようだった。

 引き金に指をかけたまま、リスティは何も出来なくなってしまった。

 最後まで憎ませて欲しかった。

 あざ笑って欲しかった。

 そうすれば、胸を焦がす憎悪に身を任せるだけで済んだのに。


 なのにシアは泣き続けていた。


 両手で顔を覆い、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「ごめんなさい……」


 こらえていたものがついに限界を超えて、シアから無表情の仮面が剥がれ落ちた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 後から後から嗚咽があふれ出て、シアは泣きながら謝り続けていた。


「やっぱり止めるべきだったんです。初めから中止していれば、こんな事にはならなかったんです。わたしにもっと力があれば、もっと勇気があれば、要求をはね除けることだって出来たのに……」


「もういいから。泣かないでよ……」


 彼女を取り囲んでいた光を解除して、リスティは少女の背中をそっとさすった。

 仮面の下からのぞく彼女の素顔。

 それを見てしまったのだ。

 どうしたって、殺せるはずがなかった。


「ほらほらっ。わたしは大丈夫だから。ね?」


「でもっ……でもっ…!!」


 リスティがいくらなだめても、少女は顔を覆ったままだった。

 自分を責めて、責め続けて、後悔し続けていた。


「だからあ、もういいんだって。その、委員会? だよね? 偉そうに指図しているそいつらが原因なんでしょ?」


 冷静さを取り戻した頭が回ってきて、話の中身を分析し始めていた。

 シアの話に度々出てきた『彼ら』という言葉。

 そいつらが、彼女に全てを命令してきていたのだ。


「そいつらが誰かってのは分かるの?」


「わたしにもっ、分かっ、りません。『執行者』の権限では、彼らに、関する情報はっ、手に入れられないんです。はっきりしているのは、この世界の創造に関わった何か、ということだけです」


 嗚咽まじりの声で、手のひらで涙をぬぐいながら、シアは答えた。


「それって神様のことなんじゃ……」


 シアは静かに首を振った。


「彼らは、神ではありません。力は匹敵するかもしれませんが、神のはずがないんです」


「どうしてよ? この世界を生み出したのは神なんでしょ?」


 創世神話にはそう記されているし、この世界の全ての人々がそれを信じている。


「彼らは、この世界を愛してはいません。そんなものを、神とは呼ばないでしょう?」


 とても寂し気に、シアは微笑んだ。

 その静かな笑顔の中に含まれる悲しみの大きさは、リスティの想像を絶するものだった。

 彼女は世界の創成時から、ずっと同じことを繰り返してきたのだ。

 人殺しをするように命じられ、泣きながらそれを実行して。

 そして、ひとしきり泣いてから、また誰かを殺す。

 それを千年に渡って、だ。

 彼女の心を少し想像するだけで、胸の奥がズキリと痛んだ。


「彼らは必要な時だけ、わたしに指示を与えます。わたしはそれに従って、人々に奇跡を与え、神罰を装って、人心をコントロールしてきました。そうして決して逆らえないようにした上で、彼らは年に数度、『天国の扉(ヘブンズドア)』を使って人々をあちら側へ連れ去ります」


 仮面を失くした少女は、とても辛そうな顔つきで告白を続けた。


「年間一千万もの人間を出荷するための牧場を運営する。そのために、わたしはこの世界に配備されました」


「配備って、そんな……」


 思わず握りしめた手のひら。

 その手を、シアはそっと両手で包んだ。


「わたしはリスティに出会えて良かったです。記憶を失くしたわたしにとてもよくしてくれて、友達にもなってくれました。それに、復讐相手って分かった後も、わたしにこんなにも優しくしてもらえました。わたしはあなたになら、殺されてもいいって思っているんです。ですから……」


 彼女の温もりが、その手を通じて伝わって来た。

 優しくあたたかな感情は、クラウストルムを使わなくても感じられた。

 以前と何も変わらない。

 記憶を取り戻そうが、彼女はシアのままだった。

 

 リスティは、彼女と出会ってからのことを思い出した。


 あの高台で、クラウストルムのことをリスティが告白した時、嫌悪する力を好きだと言ってくれた。

 救おうとしてくれた。

 邪険にはね除けられてもくじけずに、リスティの持つ力の意味を一緒に探そうと言ってくれた。


 ドラゴニックハーフと戦ったときもそうだった。


 その身を投げ出してリスティを守ってくれた。

 かばってくれたのだ。

 得体の知れない『執行者』を消し去るわけではない。

 シアを殺すこと、命を奪うことなのだ。

 無限の好意を向けてくれた少女を殺してしまう。

 復讐を果たすとは、そういうことなのだ。


(殺さなくてよかった)


 そう思えたことに、リスティは気付いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ