表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/65

ライルの力

 リスティの腕より太い指が両の肩口から肩甲骨、脇腹や腰に至るまで、背後から少女の体を鷲づかみにしていた。

 これが何なのか、聞いたことがある。


 特殊兵器『嘆きの檻』。


 彼女の背中に浮かぶ痣は、背信者を罰する“神の手”と言われている。

 黒い痣に犯された者には、激しい痛みを伴う神罰が下され、間断なく続く痛みで食事も睡眠も取れず、やがては消耗して死に至る。

 これは犯罪者にさえ使わない代物なのだ。

 彼女が感じているはずのもの、それを少しでも和らげてあげたくて、リスティは無意識のうちに手を伸ばしていた。


「くうっ……」


 黒い手に触れた指先が、はじけ飛んだ。

 全ての爪が、剥がされたような痛みに襲われたのだ。

 覚悟していたはずなのに、強烈な苦痛に手を引っ込めてしまった。


「これでわかっただろう。『救出』という意味が」


「こんな……ひどい……」


 嗚咽が漏れ、涙が出そうになった。

 痣に触れただけで、あの激痛なのだ。

 もしも半身を痣に覆われたとしたら、どれほどの苦痛なのだろうか?

 しかも痛みは一瞬では済まない。

 死ぬまで続くのだ。

 柔らかな笑顔に隠された苦しみは、リスティの想像を超えていた。


 彼女はうつむき、ライルの胸に顔をうずめていた。


 痛みを耐えていると言うよりも、痣を見られたことにショックを受けているようだった。

 ライルは体を預けてくる少女の肌に手を当てた。

 あくまでも優しく、慈しむように。

 鼻をすすり上げ、リスティは静かに見守った。

 彼がこれからすることの邪魔だけはしたくなかった。

 何かを探しているような動きで、痣に犯された肌の上を、ライルの手が撫でていく。

 やがて脇腹の一点に狙いを定めると、ライルは指先を揃えてそこに押し当てた。

 腕に力を込めた瞬間。


 その手が何の抵抗もなく、少女の体内に入り込んだ。


 ライルが手を差し込んだ場所は、水面のように波立っていた。

 彼女はまどろむように目を閉じた。

 理性が溶け落ちた後に浮かんできたのは、安らかな夢を見ているような、穏やかな表情だった。

 そして……


 彼女の身体に、変化が起きた。


 黒い痣が刻まれた肌が再生され、白の領域を増やしていく。

 まるで肌から汚れをぬぐい去るように、背中に広がっていた痣が消え去っていった。

 全てが終ると、ライルは手をずるりと引き抜きぬいた。

 手が入り込んでいた脇腹にも跡は一切残っていなくて、きめ細やかで弾力のある白い肌が、眩しいほどの存在を主張していた。

 頬を軽く叩かれて、彼女はようやく我に返った。

 両手を頬に当て、恥ずかしそうにライルから視線をそらした。

 次いで自分の身体の変化に気付いた。

 痣が消えたことに驚き、体をさすったり、あちこち見回したりしていた。

 やがて彼女は顔を上げ、驚きと戸惑いと喜びの入り交じったその表情で、ライルに説明を求めていた。


「『原子運動制御』って言ってね。ライルの力よ」


 リスティの説明はいまいち伝わらなかったらしく、少女はきょとんとしていた。


「ドラゴニックハーフは光子(フォトン)を自在に操り、あらゆる物質を完全に制御できるの。その力を使えば物質を原子レベルまで破壊することも、あなたの体のように怪我を治すこともお手のものなのよ」


 果たしてどこまで通じたかはかなり怪しかったが、彼女は素直に受け入れた。

 何より自分の身体から痣が消えたことが大きかったようだった。

 そんな説明をしながらも、リスティは少女の背中から目を離せないでいた。


 彼女の背中は白く、なめらかだった。


 脇から腰にかけてのくびれは完璧なラインを描き、小ぶりなお尻と相まって、とてつもなく扇情的だった。

 それこそ、思わず襲いかかりたくなるほどに。


「あの……あんまり見ないでください」


 その視線を感じて、彼女は消え入りそうな声で言った。

 今度は本当に恥ずかしいらしく、頬をわずかに染めていた。


「あー、ごめんごめん」


 リスティは慌てて後ろを向いた。

 我ながらいやらしい視線だったなあと、少し反省。

 そう。


(これは一級の美術品に見惚れるようなものなの)


 リスティはそう考えて、自分を納得させた。


(そもそも女同士なんだから、下心なんてあるはずないもの)


「とりあえず服がいるよね」


 いつまでも裸のまま、というわけにもいかなかった。

 彼女が着ていた服は引き裂かれ、布きれとなって床に広がっていた。

 適当な着替えはないかと部屋の中を物色したが、代わりになりそうなものがなかった。

 仕方なく自分の服を着せようかと思っていると、ライルが大きな白い布を持ってきた。

 ベッドのシーツだった。

 それを適当な大きさに切り、少女の頭からかぶせる。

 細く切った布で腰を軽くしめると、古代人が身にまとうようなキトンになった。


「あ、あのっ」


 余ったシーツを丸めていると、不意に少女が手を挙げた。

 世話を焼いてくれるリスティに遠慮しているような、控えめな挙手だった。


「もう一つ教えていただきたいんですけど……」


「いいよ。何でも聞いて。できるだけ答えるから」


 自分たちのこととか、ここに来た目的とか、リスティはあれこれと答えを用意する。

 しかし、それらは全て無駄に終わった。

 彼女は笑顔のまま、こう言ったのだ。


「わたしは、誰なのでしょう?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ