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運命の出会い

 見開いたままだった兵士の瞳を閉じさせ、ライルは彼が守っていた扉の前に立った。

 彼の前に立ちはだかる扉には、頑丈な鍵がぶら下がっている。

 多数の鋲と鉄板で補強された扉は、簡単には破れそうになかった。

 ライルはその鍵に手を当てた。

 それだけでよかった。


 氷が割れるような音を伴って、鍵が粉々に砕け散った。


 リスティは彼の先に立って、部屋の中に入った。

 室内は無駄とも思える広さがあった。

 一軒家がまるまる入りそうな大きさで、天井には一流の画家達が技巧の限りを尽くした宗教画が描かれていた。

 その部屋を飾る調度品も、最高級のものが使われていた。

 繊細な細工の施されたテーブルに椅子。

 豪華なベッドには天蓋までついていて、緻密な装飾が施されたレースが垂れ下がっている。

 壁に掛けられた燭台にも金銀がふんだんに使われていて、リスティが一生かけても買えない代物だった。

 贅を尽くした造りの部屋は、高貴な身分の人物が使用するために用意されたはずだ。

 その、はずなのに。


 部屋に入った第一印象は『牢獄』だった。


 ここは誰かを閉じこめるための部屋。

 あの堅固な鍵に象徴される閉塞感に、頭上から圧迫されているような気がした。

 あまりの息苦しさに耐えかねて、リスティは覆面を引きちぎるようにして脱ぎ捨てた。

 入り口に立ちつくす少女の脇をすり抜けて、ライルが中に入ってきた。

 脇目もふらず、まっすぐベッドへと向かう彼の後を慌てて追いながら、リスティも気付いた。

 ベッドのシーツが、人の形に膨らんでいた。

 その側に回り込み、中身を覗き込んだ彼女の口から。


 ふあ……という感嘆の声が零れた。


 柔らかなベッドの中で、一人の少女が静かな寝息を立てていた。

 同性のリスティでさえ惚れ惚れするような美人だった。

 おそらく十代後半、自分と同じくらいの年頃だろうとリスティは見当をつけた。

 ベッドの上に広がる黒髪が、艶やかな光沢を放っていた。

 腰まで届きそうな長い髪だ。

 湧き上がる衝動を抑えきれず、リスティはそっと触れてみた。

 癖のない髪は柔らかく、手に吸い付いてくる。

 自分のくせっ毛とは大違いだ。

 至福の時間が過ぎていく。

 ため息が漏れそうだった。

 その髪をうっとりとした表情で撫でていると……


 いきなり、少女が目を開けた。


 少女は何度か瞬きを繰り返した後、ゆっくりと首を巡らせて、自分の髪を触っているリスティに気付いた。

 黒い宝石のような瞳で見つめられたリスティは、ピシリと凍り付いた。

 少女は緩慢な動作で起き上がると、そのままの姿勢で、少女はぼうっとしていた。

 身に着けたピンクのネグリジェの胸元のリボンが、ゆらゆらと揺れている。

 彼女はまだ夢を見ているみたいで、瞳にも精気がなかった。

 その意識は、まだ彼方の世界にいるようだった。

 ようやく、少女が動き出した。

 やはり鈍い動作でベッドの端まで移動すると、固まったままのリスティを押し退けて、転げ落ちるようにベッドから下りた。


「おはよう……ございます」


 彼女は自分を見つめるリスティとライルを二、三度見比べてから、両手を体の前でそろえて深々と一礼した。


「あ、お、おはよう」


 つられてリスティも返事。

 かすかに眠気を含ませた少女の声は透き通っていて、耳に心地よかった。

 今の状況を忘れて、聞き惚れてしまいそうなほどに。


「あのぅ……」


 と、少女が小首を傾げた。

 その仕草も、小動物のような愛らしさだった。


「どちら様でしょうか?」


「え……っと、わたしの名前はリスティ。こっちの無愛想なのはライルよ」


「リスティさんに、ライルさん、ですか」


 一つずつ確認するように、少女はうなずきながら言った。


「初めまして、お嬢さん。以後、お見知りおきを」


 ライルは膝をつき、胸に手を当てて一礼した。

 それは完璧な作法に則った挨拶だった。


「なーんか扱いが違う」


 と、リスティは口を尖らせたが、


「淑女として扱って欲しければ、色々と改める点があるのではないか?」


 真顔で聞き返されて、何も言えなかった。

 思い当たる節が、あまりにも多すぎたから。


「あの……」


 とリスティは声をかけられた。

 頭一つ高い位置にある少女の瞳が、まっすぐ彼女を捉えていた。

 そうなのだ。

 少女はさっきからリスティの顔を覗き込んでいた。

 天使のような容姿の少女に見つめられて、何だか照れくさかった。


「どうかした? わたしが美人だからって、見惚れないでよね」


「初めて、お会いしますよね?」


「……そりゃあそうよ。わたし達はこの列車を襲撃したんだから」


 照れ隠しの冗談をさらりと聞き流されて、リスティはちょっぴり傷ついた。

 それに彼女のことは、リスティの記憶にはなかった。

 こんな美少女に会ったことがあれば、絶対に忘れないだろう。


「わたし達、テロリストなの」


 脅かすように、リスティは少し口調を強めた。

 しかし。


「そうなんですか」


 少女は間延びした返事をした。

 「テロリスト」という意味がわかっていないようだった。


「レジスタンス、だ」


 反応したのはライルの方で、すぐさま訂正してきた。


「やってることは同じでしょうが。いたいけな女の子を誘拐するなんて」


「人聞きの悪いことを言うな。我らは彼女を救出するために来たのだ」


「おおおっ」


 感心したリスティは、ポンと両手を打ち合わせた。


「言葉ってのは便利よね。言い方一つでここまで印象が変わるんだから」


「言い方の問題ではない。これは事実だ」


 反論するライルは、心底嫌そうに口元を歪めていた。


「罪の自覚がなくなるのは、犯罪者への第一歩よ。知ってた?」


「犯罪の定義は立場によって異なる。一方の正義が、必ずしも正しいとは限らない」


「そういう問題じゃあないでしょうが。わたしが言いたいのは、人としてやっちゃいけない事があるってことよ」


「……いいだろう」


 ライルはシアの体を引き寄せた。

 乱暴な扱いに身を強張らせる彼女の服に手をかけて、


「これを見ろ」


 リスティが止める間もなく、布を引き裂く音がした。

 着ていた少女の夜着が、ボロ切れと化して床の上に落ちる。


「ばかっ! 女の子の裸を……」


 不埒者をぶん殴ろうとした右手が止まった。

 リスティは声もなく、彼女の裸体を見つめた。

 絹のようにきめ細かい肌の上、白い背中を包み込むように、大きな痣が浮かんでいた。


 それは、5本の指を持つ「手」だった。

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