天国で行われる惨劇
天国への扉を抜けた先で、様々な情報が流れてきた。
リスティの意識の中でそれは明確な風景となり、細部まで作り込まれた景色は、あたかも自分がそこにいる感覚を覚えるほどだった。
地平線まで続く荒野の中、大小さまざまな銃火器を使い、大勢の人々が戦っていた。
それは戦争。
飛び交う銃弾と大砲と爆弾がその威力を存分に発揮し、相対する敵を打ち倒していった。
突撃する者、岩場の影に身を隠す者、手にした兵器を起動し、秘められた力を使う者。
あらゆる暴力が解放されて、その場にいる人達の身体を切り刻み、粉砕して、肉片にまで変えていった。
その凄惨な戦いを楽しむ者の群れが、リスティの頭上、空の彼方にいた。
次々と失われる命に歓声を上げる者、投入された兵器の威力に感嘆する者、勝敗に賭け金を積み上げる者……
天上にいる者どもは、戦場で傷付き倒れる人のことなど気にも留めず、ひたすら戦え戦えと命令するばかりだった。
「……つっ!?」
目の前に広がる戦場にノイズが走り、別の光景に切り替わった。
どこかの建物の中、檻に囚われた男女が得体の知れない化け物に襲われていた。
身の丈は人の数倍はあり、全身を黒い体毛に覆われた何かは、怯えて逃げ惑う人達を4つの眼で見下ろし、背中から生やした腕のようなもので掴み取っていった。
哀れな犠牲者たちは抵抗する時間も手段もなく、その爪に切り裂かれ、鋭い牙に食い千切られて息絶えていく。
彼らの死に、意味などなかった。
それは狂宴。
吐き気を催す宴が、それを見物する誰かのために催されていたのだ。
戦場の時と同じように、狂気の祭典を見つめるたくさんの視線が、頭上から降り注いでいた。
逃げ惑う人々が怯える姿を見て、彼らの恐怖を楽しむかのような笑い声が響いていた。
また、風景が切り替わる。
巨大な四角い盤上を、ボロボロの服を着た人達が走っていた。
ある者は床に開いた穴に落ち、ある者は左右から壁に挟まれてその命を散らした。
それは遊戯。
彼らは自らの命を賭けて、定められたゴールへ辿り着くことを強制されていた。
そこに届かなければ、途中で立ち止まれば、待っているのは自らの死だった。
次に見えたのは、無数の寝台の上に寝かされた人達だった。
手足と身体を台に拘束され、頭や腕に差し込まれたチューブやケーブルで、何かの液体や信号を流し込まれていた。
それは実験。
新しい薬品やプログラムを拘束した被験者に流し、その反応や影響を調査する。
フィードバックされた結果を元に薬やプログラムを改変し、より優れた製品を作るのだ。
無数の被験者の健康や生命は、一切考慮されていなかった。
投薬やインストールの影響で生命反応がなくなると、すぐさま新たな被験者に入れ替えられた。
そうして無数の犠牲者を生み出しながら、様々な種類の実験が繰り返されていた。
さらに風景が切り替わり、今度は巨大な工場が現れた。
うずくまるように手足を曲げた人達が、小さなカプセルに封入されていた。
何万ではきかないほどのカプセルが、流れるようにコンベアで運ばれていく。
その流れの中で、カプセルに刺し込まれた針を通じて、様々な改変が行われていた。
透明な容器の中で肉体が変質して性別が消え去り、手足の筋肉が増していく。
頭の中に直接情報を流し込み、兵器と武器の扱いを暗記させられる。
胸に刺された針で彼らの意識が、魂が吸い出されていく。
それは生産。
流れの終着点で、カプセルの中から現れたのは、無表情の兵士達。
薄いインナーのみを身に着けた兵士は、何の疑問も抱かぬまま武器を取り、無骨なプロテクターを身にまとう。
彼らの容貌に、リスティは見覚えがあった。
ハリスの酒場に突入してきた、失魂者だった。
自らの意思を失い、上官の命令に絶対服従する兵士。
彼らはここで生み出され、こちらの世界に送り返されていくのだ。
「うぷっ……」
リスティは吐きそうになった。
「なん……なの、これ……気持ち、悪い……」
頭に流れ込んでくる全てが、リスティを苦しめた。
頭の中に流れてくる膨大な情景に、あまりに多い情報を頭の中で処理できず、その全てを理解するのは不可能だった。
だけど、理解できたこともあった。
これらは夢じゃない。
現実なのだ。
ヘブンズドアを抜けた人々に与えられる運命……
遊戯だろうと実験だろうと戦争だろうと、全ての光景に共通するのは、たくさんの人々が死んでいくことだった。
無慈悲に、無意味に。
そのむごたらしい光景が圧倒的な情報量を伴って、彼女の中に流れ込んできていた。
「こんなのが……許される、わけが……」
絶望的な気分で、リスティは呟いた。
どの場面にも観客や監督者、その光景を見ている者達がいた。
彼らは膨大な数の犠牲者を前にしても、憐れみや悲しみを欠片も抱いていなかった。
むしろ積極的にその行為に参加し、時には笑い、楽しみさえもしていた。
「天国の扉を越えた先が、こんな……」
地獄のような世界だとは思いもしなかった。
(それじゃ、あの人も……)
故郷の優しかったお姉さん。
10年以上前に旅立った彼女も、まさか……
リスティは頭を振って、それ以上考えるのをやめた。
「どうにもできないことを嘆くより、自分に何ができるかを考えるべきだ」
という、ライルの言葉を思い出したのだ。
(シアを探さなきゃ!)
それが最初にすべきこと。
未だに流れてくる悪夢のような光景を頭から閉め出し、クラウストルムの光を周囲に伸ばして、一緒に飲み込まれた少女を探した。
「あっ……くうっ……!!」
シアのかすかな悲鳴が、光を通じてリスティに届いた。
声の方へ向けた光を強めると、手足を抱えて丸くなった少女が、苦しみの声を上げ続けていた。
「シアっ!!」
光を通じて彼女に呼びかけても、反応はなかった。
彼女にもあの大量の情報が流れてきているのかもしれず、リスティの声はかき消されて彼女に届かないのだろう。
強くなった光に照らされ、まわりにいる人たちが見えてきた。
リスティと共に、扉の中に取り込まれた人達だった。
旅立ちの時と同じく白い衣装を身にまとった彼らは、眠っているかのように安らかな息を立てていた。
目を閉じて安心しきった顔をした人々が、一人、また一人と別の場所へと運ばれていった。
彼らを掴んだ赤い手によって、まるで物でも投げるかのように、悪夢の光景の中に放り込まれていた。
(このままじゃ、わたしも……!?)
いずれは自分もその順番がやって来るだろう。
そうなればリスティだって、向こう側にいる誰かが楽しむための餌にされるのだ。
最悪の未来を防ぐため、クラウストルムの形を変え、薄く柔らかい布のように大きく広げた。
光り輝く布地の一部で、自分とシアを包み込む。
(今度は負けないから!!)
さっきは不覚を取ったとしても、まだ戦える。
抵抗できる。
その事実が、リスティを勇気づけてくれた。
「もっと! もっと広く!」
彼女の明確な指令に従い、光の布の範囲が大きくなっていった。
自分達だけでなく、できうる限りの人々を取り込むように。
意識が遠くなるまで光の布を広げて、何百……何千……何万という男女を包んだ。
リスティが庇おうとする人々に向けて、たくさんの赤い手が伸びてきた。
順番通り、彼らを連れ去ろうとしているのだ。
伸ばしてきた指先がクラウストルムに触れると、リスティはその手に拒絶の意志を示した。
瞬間。
大きな力に叩かれたように、御使いの手が弾き飛ばされた。
次々とやって来る奴らも、同じように拒絶する。
「うっ……あうっ……かはっ!」
噛み締めた口から、かすかな悲鳴がこぼれた。
光のヴェールに赤い手が触れるたびに、リスティは頭を殴られたような衝撃を受け続けた。
鼻から、生暖かい血が流れて来た。
もう限界を超えつつあることは、リスティにだって分かった。
(このままじゃ……)
このままでは、自分の意識が持たない。
御使いはいくらでも数を増し、何度でも突撃を繰り返し、光の布を切り裂こうと、生贄を手にしようとしてきた。
「お願いっ!」
胸元の青い宝石を両手で握り締め、リスティは強く願った。
クラウストルムに。
「守って……シアを……みんなを!」
シアも、この人たちも、誰にも手を出させない。
たとえ感謝されなくてもいい。
恨まれたっていい。
みんなを無事に元の世界へ戻したい。
それだけが、リスティの願いだった。
「あなたなら……」
と、誰かが言った。
声はグラーディアから聞こえた。
胸元の青い宝石が強い光を放ち、誰とも知れない人の声を生み出していた。
「できるから……守って……みんなを……」
声は続けた。
男とも女とも分からない声が、リスティを応援してくれた。
「信じて……そうすれば……きっと」
自らを励ます声に背中を押され、リスティはより強く念じた。
青く輝くグラ―ディアを手に、周囲に広げたクラウストルムを通じて。
(絶対助けるっ!!)
リスティは、それだけを強く願った。




