おせっかいな助っ人
広い背中が見えた。
リスティを守るように、兵士との間に立ちはだかっている。
驚いたリスティの意思が途切れた瞬間、自らの支配権を取り戻した兵士は突撃を再開。
少女を庇った乱入者に狙いを変更し、その肩口を狙ってライフルを振り下ろす。
乱入者は無造作とも言える動作でライフルを掴んだ。
そのまま銃身を軽くひねると、兵士の身体はなす術もなく宙を舞った。
背中を強かに打ち付け、息を詰まらせた兵士を無視して、彼はリスティへと向き直った。
リスティは、彼の顔を知っていた。
知りすぎるほどだった。
彼の厚い胸板に抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ると、
「こんのぉ……」
ぐっと拳を握りしめ、
「ばかああああああああああっ!」
渾身の右ストレートを放った。
右手が、あごを打ち抜く鮮やかな軌道を描く。
その乱入者――ライルは片手を挙げて、鉄拳を軽く受け止めた。
「ふむ。助けに来た相手への礼にしては、少々乱暴ではないか?」
「何が助けよ! 勝手に出てきて、勝手なことを言わないで! このくらい、わたし一人で切り抜けられるんだから!」
自らに叩き付けられた大声を、ライルは平然と受け流した。
「一人で、か?」
「そうよ。作戦だって完璧だったのに。あとちょっとのところで邪魔をしたのはあなたでしょうが!」
「退避勧告を利用するのはいい。だが、少々やりすぎだ。動力炉が暴走すれば、この列車そのものが消し飛ぶ。その点を認識しているか?」
「それまでには脱出するつもりだったもん。それなら平気でしょ?」
「そして、彼を見捨てるわけか?」
ライルが指差した先には倒れた兵士。
「そっ、そんなの一緒に連れてけばいいだけじゃない! 砂漠に放り出しときゃ、誰かが助けてくれるでしょ!」
内心の動揺を押し殺し、リスティは反論した。
「ふむ、なるほど。それでは他の人間はどうする?」
「ほか……の?」
「命令無視をしたのが彼だけとは限らない。不確定要素、というものだな。ひょっとすると、動力炉を止めようと頑張る者がいるかもしれないが?」
彼の冷静な指摘に、血の気が、さあっと引いた。
顔が青ざめるのをリスティは自覚した。
「何のんびりしてるのよ! だったらすぐ止めないと!」
慌てふためくリスティを尻目に、ライルは落ち着き払ったままだった。
「心配しなくていい。動力炉の制圧には、本隊が向かっている」
「っ……!?!?」
今度は一瞬で血が上って、リスティは頭がくらくらした。
(絶対、ぜえったい、馬鹿にしてる!)
「は、初めっから言いなさいよ! だいたいねえ……」
怒鳴りつけてやろうとしたリスティの前に、銃声が割って入った。
彼女はビクリと身をすくませたが、何も起こらなかった。
放たれたはずの弾丸は、どこにも当たっていなかった。
「戦闘中によそ見とは、大した余裕だな」
怒気に煌めく瞳が、ライルを見据えた。
「いや。特に余裕というわけでもない」
ライルは落ち着き払った物腰で答えた。
武器を取り出すでもなく、別段の構えも見せず、ごく自然体で銃を構えた兵士に対峙する。
「この列車は我々が占拠した。おとなしく投降して欲しい」
「ふざけるな! お前らのような反逆者に俺たちが負けるはずがない!」
つばを散らして反論する声に、怯えは感じられなかった。
両手で支えた拳銃も、全く揺らぐことなく、正確にライルの眉間を狙っていた。
彼は気付いていないのだ。
さっきの銃撃が、外れたのではないことに。
弾丸は、空中でかき消されたのだ。
どこにも触れることなく。
「では、降伏するつもりはないと?」
「冗談じゃない。お前らのような連中は、全能なる主に代わって俺が成敗してくれる」
兵士は当然のように宣言した。そこに状況判断などなかった。
神に背く者の軍門に下るなど、彼ら『行政府』の人間にとっては、死にも等しい屈辱なのだ。
「できれば話し合いで済ませたかったのだが……」
ライルはいかにも残念そうに呟いた。
「では、存分に相手をしよう」
そう宣言した瞬間、その姿がかき消えた。
後にはつむじを巻く空気が残るのみ。
「なにいっ!」
全身を貫く動揺の中でも、兵士は引き金を引いた。
訓練で叩き込まれた動作を、反射的に再現していた。
だが、弾丸は高速で移動するライルを捉えることができず、壁に火花を散らすだけ。
ライルが出現したのは兵士の眼前。
瞬時に跳ね上がる拳銃を右手で押さえる。
直後、拳銃は細かな粒子と化し、砂が崩れるように手からこぼれた。
兵士は空になった自分の手を見つめ、それからライルの顔を見た。
彼の顔は人と何ら変わるところはない。
ただ一つ――黄金に輝く瞳を除いては。
「ド、ドラゴニックハーフだと……『神軍』がなぜこんな所に……」
「もう一度だけ言う。武器を捨て、降伏せよ。無駄な人死には、俺達も望んでいない」
ライルが発したのは静かな警告。
それでも、相手の戦意を奪うには十分だった。
圧倒的な力を目の当たりにして、本能が命じるまま一歩後退。
兵士の顔が屈辱に歪んだ。
敗北を悟った男が取れる行動は2つ。
降伏か、死か、だ。
そして、彼は決断した。
よろめいた姿勢のまま、腰のベルトに手をかけた。
カチリ、とスイッチの入る音が響く。
兵士が触ったのは、ベルトに下げた小さな箱。
その仕掛けが作動する。
リスティの頭の奥で、光が弾けた。
(特殊兵器、『魂喰らい』!?)
間に、合わなかった。
リスティが光を差し向けるよりも先に、箱の中から円形の刃が出現。
箱から解放された刃が、急速に直径を増していく。
刃は人の身長ほどまで広がって、2回、3回とその場で旋回した。
解放された自由を噛みしめるように。
やがて狙いを定めたのか、1度大きく旋回した刃は。
自身を呼び出した者へと襲いかかった!
兵士の四肢が、小さくけいれんした。
頭頂から股間まで、刃の一撃をまともに受けた兵士の体には傷一つなかった。
血の一滴も流さず、全く無傷にも思える、が。
「偉大なる主よ。今……あなたの御許に、参ります」
吐息のような言葉を漏らし、体が傾いでいく。
その背後では、望みを果たした刃が歓喜の声を上げながら消滅していった。
仰向けに崩れる兵士を、ライルが受け止めた。
脱力しきった体を床に横たえて、首筋に手を当てた。
背後から様子をうかがうリスティに、彼は静かに首を振った。
「気にするな。これは彼が望んだ結末なのだ」
「そんなの、はいそうですかって言えるはずがないでしょ」
『魂喰らい』は彼の存在定義、つまりは“魂”そのものを断ち切るものだ。
刃を受けたら最後、死より逃れる術はなかった。
そんなことは、頭では分かっていた。
だけど……
「作戦に加われば、こういう事もあり得る。それは理解していたのだろう?」
「わかってるよ。でも……」
声が震えた。
人の死には嫌と言うほど立ち会ってきたが、決して慣れることはない。
すりガラスのように曇った瞳がリスティを見上げ、理不尽な死を糾弾しているようだった。
その瞳は、あの時と全く同じだった。
光を失ったガラスの双眸は、あの日を思い出させる。
何もかもを失った、悪夢のような日を。
「彼を殺したのは世界そのものだ。そう考えておけばいい」
鋼の切っ先のような声が、思考の螺旋に落ち込んだリスティを救い出してくれた。
その言葉には、彼女の心に巣くう胸苦しさを払いのけるだけの強さがあった。