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戦うことの代償

 神殿から少し離れたところに、巨大な市場があった。

 露店が所狭しと並ぶ市場の中は、それらの品々を買い求める人々で溢れ返り、数多くの品物であふれた店先は、陽光が生み出す熱波をはね返すほどの活気に満ち溢れていた。

 リスティとシアは人混みをかき分けながら、店先に飾られた様々なものを見て回っていた。

 特に買うものがなくても、そこにいるだけで心が沸き立つものなのだ。

 エルバーンには、こういった市場が点在していた。

 いくら身の全てを神に捧げ、質素な生活をしているとは言っても、一所に何百万もの人々が暮らせば、食料や日用品だけでも膨大な量になる。


 護衛として付いてきたライルの姿は見えなかった。


 ドラゴニックハーフである彼が出歩くと非常に目立つため、自らの力で光学迷彩をまとって姿を消しているのだ。

 その姿が見えなくても、リスティには彼がどこにいるのか分かった。

 クラウストルムを通じて彼に触れると、密かに手をつないでいるような感覚を覚えられるのだ。

 人波に流されて進む内、一軒の店が見えてきた。

 入り口に、『トゥット雑貨店』という大きな看板を掲げている店先では、客引きをしている少年が市場の喧噪に負けじと大声を張り上げていた。


「あ、姉ちゃん。いらっしゃい」


 店に入ったリスティに気付くと、少年は気軽に声をかけてきた。

 やや高いボーイソプラノは声変わり前で、まだ幼さの残る容姿は、悪戯好きの子供という印象が強かった。


「どーだ。ついに追いついたぞ」


 そう言いつつ近づいてきた少年が、リスティの隣に立った。

 どうやら、身長が並んだことを自慢したいらしい。


「むっふっふ。これでもう、俺のことをガキだなんて言わせないぞ」


 少年は口元を緩めて、にやついていた。

 こういう笑い方は、彼の保護者にそっくりだ。


「何言ってんの。そんなのを自慢するなんて、自分が子供だって言いふらしているようなもんじゃない」


「へっへーん。負け惜しみなら、いくらでも聞いてやるぜ」


 腰に両手を当てて偉そうにふんぞり返る彼の態度は、やっぱり子供としか思えなかった。


「あ、あのねえ……」


 リスティが効果的な反撃を考えていると、少年が急に動きを止めた。

 その視線の先に、誰がいるのかは明らかだった。


 シアだった。


 彼女はフードを頭からかぶったまま、雑多な品物が山積みとなった店内をきょろきょろと見回している。

 フードの陰から覗く彼女の美貌に、彼の目はくぎ付けになっていた。


「な、なあ。あれ、誰だよ?」


 少年は真っ赤になって聞いてきた。

 また一人、彼女の犠牲者が出たらしい。

 彼の熱い眼差しに気付いたシアが、フードを少し持ち上げてにっこりと微笑み返した。

 それだけでもう、ダメみたいだった。

 彼はガチガチに硬直して、壊れた機械みたいな動きで返礼するのがやっとだった。

 シアの方から少年のところへやって来て、挨拶がてらに二言三言と言葉を交わしているだけで、彼は天へと舞い上がるような面持ちだった。


「お前なあ。店番を忘れてんじゃねーよ」


「て、店長!?」


 まさに幸福の最中にいて、さらに話題をつなげようとした少年をたしなめたのは、この店の主人であり、彼の保護者だった。

 彼は赤くなっていた少年とシアを見比べて、それだけで状況を察したらしい。


「健全少年よ。今夜のおかずは決まりだな」


 だらしなく緩んだ顔で言った内容が、少年にとどめを刺してしまったようだった。


「おかず?」


「え? ええっと、それは……その……」


 シアの何気ない質問に弁解しようとして、少年はしどろもどろになった。

 額に大量の脂汗を垂らし、口をあぐあぐと動かしている。


「あっ、お、俺っ……し、仕事が残ってるから! それじゃ!」


 結局、彼は逃げを選択した。

 大慌てでリスティたちの元から離れて、店内の別の客の相手をし始めた。

 走り去ったその背を見送り、シアは首を傾げていた。

 リスティも話の内容はよくわからなかったが、聞き返す気にもならなかった。

 何となく、嫌な予感しかしなかったのだ。


「遅かったじゃねえか」


 その原因を作り出した男は、挙動不審な少年に目もくれず、リスティに声をかけてきた。


「ま、いろいろあってね」


 リスティは言葉を濁した。

 指定の時間に遅れた理由が、まさか泉に見とれていてとは言えなかった。

 そもそも、この店に来たのはショッピングのためではなく、彼に会いに来たのだ。

 彼が経営するこの店は、組織が必要な物資を調達するために設立したものだった。

 食料や衣服を始め、日用品や家具、銃や弾丸のような武器類、特殊兵器まで……彼に頼めばあらゆるものが手に入った。

 ハリスを初め、組織の仲間は全員、何かしらの仕事を持っていた。

 普段は日常の中に潜み、攻撃は一瞬の隙をつく。

 それが基本的な方針だった。

 そうしなければ、圧倒的な戦力を誇る『行政府』に太刀打ちすることなど出来ないからだ。


「ほれ。望みの品だ」


「さんきゅー」


 短く会話を交わし、彼から品物を受け取った。

 小さな箱に入ったそれは、特殊兵器『スクルド』のジェネレーター3つ。

 指輪ほどの大きさのジェネレーターを中心として、一時的な盾を展開する防御システムだ。

 元はロストが使う兵器の一種で、作動時間が短く、盾のサイズも人ひとりが身を隠すのがやっとという代物だった。

 でも、ジェネレーターをクラウストルムで制御して、自由に空中を飛び回らせれば、あらゆる方向の攻撃に対して迅速に対応し、高い防御力を発揮できるだろう。

 一応、ハリスに前回の功績を認めてもらい、これからは作戦に参加する許可を得たのだ。

 スクルドを使いこなせれば、リスティが活躍できる場面も増えるはずだった。


(もっと頑張らなきゃ!)


 決意も新たにした彼女は、店内の様々な品物に吸い寄せられているシアの手を引いて店を離れた。


「ああっ。まっ、待ってくださいっ! まだ……」


「だ、か、らっ。それじゃさっきと同じでしょ!?」


 とても名残惜しそうに背後を振り返る彼女を引っ張って路地裏に入った。

 店から十分に離れたことを確認して、真面目な顔を作ってシアと向き合うと、真剣な眼差しで彼女を見つめた。


「一つだけ覚えておいて」


 とても大切なことを、きちんと伝えないといけないのだ。


「あの子は、わたし達が何をしているか知らないの。だから、余計なことは教えないで」


「どうしてですか?」


「……殺し合いに、子供を巻き込むわけにもいかないでしょ?」


 シアの問いに答えたのは、自分でもびっくりするほど冷たい声だった。

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