クラウストルムの使い方
部屋に戻ったリスティを出迎えたのは、床に敷かれた色鮮やかな絨毯。
それにクッションがいくつかと石のテーブル。
壁の一角には絵画が飾られていた。
古い森を題材とした絵で、二本の巨木の間から、森全体を見通す構図になっていた。
色鮮やかに葉を広げる木々と、葉の隙間から差し込む日差しが絶妙なハーモニーを奏でていて、芸術の知識のないリスティでさえ、その絵の価値が理解できた。
身に付けていたマントを部屋の片隅に放り投げ、白いシャツとショートパンツというラフな格好になると、クッションの一つに腰を下ろした。
手足を伸ばして軽いストレッチをしてから、ネックレスを外してその青い飾り石を握り締め、右手をテーブルに向けて伸ばした。
手に、意識を集中する。
指や手のひらの形から、血の流れに至るまで、右手の全てに意識を行き渡らせる。
それは、これからすることに必要な行為だった。
『クラウストルム』発動。
前に突き出した右手から、集めた意識を手の先、テーブルに向けて拡大。
自らの内面と、外の世界との境界線を明確に理解し、そのラインをぼやけさせる感じ。
手が霧状になったイメージを思い描いて、その霧をさらに向こうへと伸ばしていった。
その作業を何度も繰り返す内に……
意識が、手から離れて拡大した。
ゆらゆらと空中を舞う『意識の光』が、くっきりと目に映った。
迷い子のように当てなくさまよう新緑の光に自らの意志を同調させて、明確な形を作り上げていった。
今は、細い糸のイメージだ。
三本に分かれた光の糸を、徐々に伸ばしていった。
目標は、テーブルの上にある三個の球体。
その糸で、磨かれた表面をそっ、となぞった。
鋼の冷たく硬い手触りが、光の糸を通じてリスティに伝わってきた。
放った意識の糸で、ゆっくりと球体をなぞっていった。
これから意識を同調させるのに、必要な行為だった。
「女性を愛撫するように」
同調のさせ方を、ライルはそんな風に表現していた。
その説明を聞いたとき、リスティはいまいち理解できず、今もできないままだった。
何せ、彼があまりに真面目くさった顔で言うから、笑い飛ばすべきなのか、怒るべきなのか、あるいはその真意を聞くべきなのか、その時は判断がつかなかったのだ。
(そもそも、ライルは女性を愛撫したことがあるのかな?)
リスティはその光景を思い浮かべようとして……
ダメだった。
あの生真面目な顔で、そういう行為に及んでいるのは想像もできない。
リスティは頭を振って、脱線した思考を元へと戻した。
意識の糸を操り、自分の間に立ちはだかる壁に沿わせていった。
その形を確かめるように。
それを何度も繰り返したが、「愛撫する」という感覚はやっぱり掴めなかった。
(やっぱり練習相手が必要なんだよねえ)
と、あれこれ思い悩んでいると、いいアイデアが浮かんだ。
(今度、シアを相手に練習してみようかな……)
いいよね、女同士なんだから。
などと勝手な言い訳をしつつ、シアの白い背中を思い出した。
彼女のきめ細かい肌を。
その肌がどんな手触りなのかを想像してみた。
きっと絹のようにすべすべしているのだろう。
その肌を、これでつつ……となぞるのだ。
彼女はくすぐったそうに身悶えして、小さな声で「や、やめてください」なんて言うのだろう。
でも、絶対にやめてあげない。
(もっと責め立てて、その姿をたっぷりと楽しんで、絶対シアを泣かしてみせる……)
そこまで考えて、ふと我に返った。
これでは欲望丸出しの男と変わらないじゃないか。
再び脇へとそれた意識を元に戻し、リスティは制御に集中した。
「クラウストルムを制御するには、自分自身と対象とを調和させることが大切だ」
それは、ライルから何度も言われたことだった。
その表面をなぞるのを止め、光を展開。
球体を優しく包み込んだ。
眠った赤ん坊を抱き締めるように。
そして慎重に、ゆっくりと持ち上げた。
その子を起こさないように、機嫌を損ねないように。
同じ手順で二つ目、三つ目の鉄球を目の高さまで掲げた。
その出来ばえに軽い満足を覚え、次の段階に移行。
球体を包んだ光を、内部へと浸透させていった。
手を、穏やかな水面へと差し入れるように。
そうやって、自分の意識を対象の隅々にまで行き渡らせるのだ。
厳密に言うと、クラウストルムが干渉しているのは鉄球ではなく、それが存在する空間そのものらしいのだが、彼女自身、その違いを意識したことはない。
リスティの感覚としては「意識の光で包み込む」という表現が最も近かった。
彼女の支配下に置かれた鉄球は、螺旋を描きながら緩やかに上昇。
それ自身が意志を持つように、自由に空中を飛び回る。
ここからが本番。
より微妙な制御が必要になってくる。
単調な円運動から、球体同士が絡み合う複雑な動きへ。
そう、小妖精が舞うように……
「リスティ、聞いて」
「ひゃああああああああああっ!」
いきなり耳元に息を吹きかけられ、リスティは悲鳴を上げた。
制御を失った球が床の上に落ちたのを背に、真っ赤になった耳を押さえて振り返ると、
「シ、シアっ、いきなり何するのよ!」
そのあまりの反応に驚き、大きく開けた口元を押さえる少女の姿があった。




