神のおわす都市
その光景は、白い絨毯を広げたようだった。
屋上の手すりにもたれかかって、リスティはそんな感想を抱いた。
町並みを構成する建物は平屋建てが多く、ここからだと都市の全景が見渡せる。
レンガと粘土で塗り固められた白い屋根が陽光を反射して、眩しいほどの光沢を放っていた。
エルバーンは、砂漠のオアシスに立つ都市だった。
あたりは砂に覆われた大地が広がり、周囲の1000キロ以上先にも町らしい町はなかった。
まさに、陸の孤島と呼べる場所にあった。
砂漠特有の強い日差しが照りつける日中は、火の中にいるような気分になる。
今は日が傾き、気温が下がってきているものの、呼吸をするたびに熱風が肺に入り込み、身体が内側から焼かれるようだった。
黄色がかって見える空気には、砂漠から流れ込んだ微粒子が大量に含まれ、立っているだけで砂が降り積もっていく。
だから、この都市では砂よけと日よけを兼ねるマントは必需品だった。
屋上に立つリスティもフードを目深にかぶり、降りかかる砂と日差しから顔を隠していた。
わずかな地下水脈によって必要な水は確保できるものの、この場所はおよそ人が暮らすのに向いた土地ではなかった。
それでも、このエルバーンは百万以上の人口を誇り、眼下の通りは活力と熱気に満ちあふれていた。
人々は望んでこの都市へと集まり、気が遠くなるような時間をかけて、不毛の大地を自分たちが暮らしやすいようにと変えていった。
人々がここに集まる理由。
それは、荘厳な存在感を持って、目の前にあった。
市街の中心にある神殿。
白亜のきらめきを持つ三角錐は、街にあるどんな建物よりも大きかった。
それはまるで、神の絶大な力を見せつけているようだった。
それはまるで、天の高みから見下ろして、ちっぽけな存在をあざ笑っているようだった。
それはまるで……
「ここにいたのか」
背後から声をかけられて、リスティの思考は中断した。
「行政府の様子はどうだ?」
背後の何もない空間。
漂う砂塵の中から、ライルの声がした。
「特に変わりはないよ。巡回に出る兵士が増えているくらいかな」
リスティは手すりにもたれた姿勢を変えずに答えた。
振り返る必要はなかった。
このくらい、驚くことじゃないのだから。
リスティの隣がレンズを当てたようにゆがみ、長身痩躯の青年を生み出した。
その類い稀な容姿を抜きにしても、『神軍』の一員であるはずのライルは、立っているだけで目立ってしまう。
だから普段は周囲の光を歪めて不可視の壁を作り、姿を隠しているのだ。
「そろそろ部屋に戻ったらどうだ?」
その忠告は聞き流した。
神殿の隣にある四角いビル、『行政府』の見張りを投げ出す訳にはいかないから。
列車急襲作戦が成功して以来、行政府の動きが慌ただしくなっていて、監視を強化する必要があったのだ。
「見張りなら他の連中もやっている。あまり長時間いると怪しまれるぞ」
「うん……わかってる」
「君の体温も異常値を示している。間もなく限界を迎えるはずだ」
「わかってるって」
ライルの忠告にも、生返事しか返せなかった。
言葉は耳を素通りするだけだった。
意識は監視対象であるはずの行政府ではなく、白亜の神殿へと吸い寄せられていく。
それを直視すればするほど苦しくなると分かっているのに、目を逸らすことができない。
(あれは……わたしが絶対ぶっ壊して……)
地面から両足が、ふわりと浮いた。
「ちょっ、何するのよ!」
ライルにいきなり襟首を掴まれて、身体を片手で持ち上げられたのだ。
「人の話を聞いているか? 戻れと言っている」
両足をばたつかせて抗議する少女を無視して、ライルは手すりから離れた。
「戻る。戻るから……」
リスティは無駄な抵抗を止めた。
片手で軽々と運ばれている姿は、親に運ばれる子猫みたいだった。
「下ろしてよぅ……」
力を抜いて、なすがままになっているリスティを離しても、ライルはその場を動かなかった。
本当に戻るかどうか、確認するつもりらしい。
監視するような視線を背中に感じつつ、リスティは屋内へと入った。
石造りの廊下には長い時間をかけて砂がこびりつき、全体的に黄色くくすんで見えた。
真っ直ぐ延びた廊下の左右に、扉代わりに使っている布がかかっていた。
ここはハリスが経営するホテルだった。
一階は酒場、二階と三階は巡礼者向けの簡易宿泊施設。
そして、四階がリスティ達の暮らす部屋になっていた。
日陰に入ると、どっと疲れが出た。
全身が火照っていて、目の前が暗くなった。
ひょっとすると、熱射病寸前だったのかもしれない。
「ありがと。ライル」
感謝の言葉が、素直にこぼれた。
自分の体調を気にかけてくれたのが、純粋に嬉しかったのだ。
面と向かっては口にできないその言葉は、砂混じりの大気の中へと溶け込んでいった。




