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悪 夢  作者: 雷禅 神衣
6/6

悪 夢 5

学校は依然として不穏な空気が立ち込めていた。朝のホームルームで今日になって新たに三名の女生徒が行方不明になっている事が教師たちから伝えられると、クラスは騒然となった。行方不明になっている三名の女生徒のうち、一人は詩織の高校の生徒である。万が一その生徒が犠牲者となると、真理亜に次いで二人目の犠牲者となる。殺害されているのが女生徒に限られているため、女子高である詩織の学校内の警戒はかなり密度の濃いものになっていた。一連の事件を受けて、詩織の学校では、出来るだけ一人で行動する事を避け、登下校の際にも数名で固まって移動するようにとの通達が成されている。市の教育委員会は警察と連絡を取り合いながら街中のパトロールや不審者の発見に重点を置き、一刻も早い犯人逮捕を望んで止まなかった。

 詩織のクラスメイトたちの間でも話はこの話題一色だった。男子の居ない女子高と言うだけあって、話好きの生徒たちが集まると、少々信憑性の掛ける噂話であっても、広まる速度は尋常ではない。ましてやそれが色恋沙汰や犯罪ともなると、まるでウイルスに感染したように限りなく浸透し、そこに根掘り葉掘り異なる話を付け加えられ、結果的に嘘のような本当の話が完成してしまう。「犯人は男で、殺害する前に実は犯している」、「女にモテないブ男の仕業」などなど、警察が提示した事実とは似ても似つかない噂が横行し、それが蔓延する。人の話など本当に確証が無い限り鵜呑みにするわけには行かない。

 詩織は校内で広まる幾多の噂話に耳を傾けながら、その全てを信じるようなことはしなかった。親友の真理亜が殺されているのだ。単なる噂だけで信じるわには行かないし、何よりそれで済まさせられる問題ではない。詩織そんな噂を広げ、事実とは違った形で受け止める生徒たちがどうにも疎ましかった。

 真理亜を失った悲壮感は消える事はないだろう。少なくとも一連の事件が解決し、事の全貌が明らかにならない限り、詩織の中にあるわだかまりは消えそうに無い。例え事件は解決しても、もう真理亜は戻って来ない。何でも話し、様々な事を共有した親友はもはや居ないのだ。そう思うだけで目頭が熱くなった。

 休憩時間、詩織はトイレへと向かった。通常ならクラスのある二階のトイレを使うのだが、今日はそのトイレの前で数名の女生徒が事件の話を持ち出し、いかにも噂好きそうな表情でたむろしていたため、詩織は一階まで下り、普段余り使わないトイレへと向かった。廊下を歩いているだけですれ違う生徒たちの話が聞こえる。皆話は一様に事件の事で持ち切りで、詩織はうんざりしていた。中には笑いながら喋っている生徒もいた。親友を失った詩織としてはこのような現実はいかんともしがたい怒りに変わった。まるで真理亜が笑われているような気さえする。事件は噂や笑い話で済まされるような問題ではない。そう考えると誰とも話をする気にはなれなかった。

 一階へ下りると途端に人影が無くなる。トイレは廊下の脇にあるのだが、場所的に日照条件の悪い位置にあり、昼間でも酷く薄暗い。大きな鏡の前にある蛍光灯を付けなければ良く見えないという有様だった。それでもたむろしているトイレを掻き分けて入るよりマシだった。

 それは気のせいだったかも知れない。だが一階に下りた途端、何故か空気が変ったような気がした。気のせい?・・・確かにそう取る事も出来るが、この不穏な空気はなんだろう。実に奇妙な感触が詩織の背後から漂ってくる。何かと思って振り返っても、別段変化は無い。にも拘らず詩織の後ろから何か表現しがたい空気が迫ってくる。

言葉にはしがたい、何か得たいの知れない空気に翻弄されながらも、詩織は用を済ませ、鏡の前に立った。水道の蛇口を開くと、勢い良く水が出る。詩織はしばしその水を眺めた後、両手を差し出し、手を洗った。

 親友の真理亜を失ったショックで精神的に疲れているのだろう。無理も無い。唯一無二の親友が死んだのだ。それが例え強靭な精神の持ち主であっても、人の死を、ましてや親しい人の死をそう簡単に乗り越えられる人間など居ない。きっと疲れているんだ。何事にも過敏に成り過ぎている。

 詩織は手から伝わってくる冷たい感触に癒される思いだった。

 ところが・・・・・

「なにっ・・」

 それは突然起こった。音無き足音とでも言おうか、誰かが自分のすぐそばを通過したような風の動きが詩織の左側から真後ろへと移動し、止まった。先ほどから感じている不穏な空気の集合体とも呼べる「それ」が詩織の背後で止まり、動かずに停滞しているのが分かる。どんよりとしたそれは酷く好戦的、且つ異様なまでの憎悪をみなぎらせながら、詩織の背後に居座っている。

「見るな・・・」

 詩織の本能がそう告げる。明らかに人間の感触とは思えない空気が、詩織の本能に危険を知らせているようだった。

 夏でもないのに冷たい汗が背中に流れる。人間が持ち得る事の出来る、有りとあらゆる負の感情が詩織の真後ろで今にも襲い掛からんとしている。

 詩織が顔を上げ、目の前の鏡を見れば、背後に居るそれが何だか分かるだろう。しかし、凄まじい負の感情は詩織の身体を恐怖と言う絶対的な嫌悪感で縛り付けている。だがこのままこうしているわけには行かない。

 詩織は意を決して流れ出る水道の蛇口を止め、勢い良く体制を起こし、目の前にある鏡を見た。

 そこには何も映っていなかった。心なしか先ほどから感じられた邪気のような空気も消えている。詩織は念のため背後を振り返った。

だがやはりそこには何も無かった。

「気のせい・・・?・・・」

 詩織は小さな安堵感を感じ、再び身体を反転させ鏡のほうへ居直った。

 そこに・・・「それ」がいた・・・。

「きゃああああっ!」

 鏡に映った自分の顔は、見たことも無い女の顔に変っていた。

「ううう・・・うわああ・・・」

 悲鳴に続く呻き声。女の顔は血塗れで全てを殺害せんとする殺気に満ち溢れている。開かれた目の奥は淀み、睨み付ける眼差しはまさしく鬼の表情であった。

「呪ってやる・・・・・」

 まるで機械で音声を変換したような、鈍く、そして低い声で喋る。

「いやあああああっ!」

 詩織は両手で頭を抱え込み、強く目を閉じた。まさか自分の顔が・・・そんな恐怖に怯え、必死で自らの顔を手で擦った。

 時間にすれば数秒だったであろう。詩織は顔から手を離し、閉じていた目を開いた。鏡には自分の姿が映っている。顔も詩織自身の顔だ。おかしな部分は無い。

「今のは一体・・・・」

 疲れている・・・。もはやそんな安っぽい言葉で説明できるような現象ではなかった。詩織は確実に見たのだ。殺気に満ち溢れていた鬼のような女の顔を・・・。

 詩織は逃げるようにその場を後にした。



 その後の授業はほとんど頭に入らなかった。当然である。何をやっていてもあの時見た女の顔が浮かぶ。あれは幻影なんかではない。詩織は見たのだ。そして何か得体の知れないものを感じた。それを自分に説明できるだけの体験ではあったが、こんな事人には話せなかった。

 何かある・・・。それだけは事実だった。真理亜の死と一連の事件は何か関わりがあるのではないだろうか?それも常識では考えられない関わりが・・・・。

 そんな事を思ったとき、詩織は昨日の出来事を思い出した。死んだはずの真理亜から送られてきた奇妙な写メールである。あれ以来、真理亜の家族からの連絡は一切無い。という事は、昨日の写メールは家族の者のうち間違いという事になるが、本当にそうだろうか。本当に真理亜の家族の誰かが誤って詩織に画像を付きのメールを送ったのだろうか。本当にそうなら「間違えました」の一言くらいあっても良いくらいだ。しかしそのようなメール及び電話は無い。

 確かめてみる必要がある。そう思ったときには授業も終わり、生徒たちはそれぞれの放課後へ忙しく動き回っていた。

 詩織はカバンを持ち、一回の玄関を出て、真理亜の家へと急いだ。



 誰も居なくなった一階のトイレ。その鏡の中で、小さな赤ん坊が去って行く詩織の姿を見つめていた・・・・。







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