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悪 夢  作者: 雷禅 神衣
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悪 夢 3

十月二十二日。


 秩父警察に勤務する刑事に寝ている時間など与えられなかった。早朝より署内は騒然とざわめき、人の動きがいつも以上に速かった。調べに当たっている刑事から引っ切り無しに電話が鳴り、訪れたマスコミの数も昨日の倍以上に膨れ上がっている。署の玄関口では報道陣が詰め寄り、中から刑事が出てくる様子を懸命に撮影している。時折リポーターがマイクを片手に出てくる刑事に対し質問を投げかけるが、質問に答えている暇などない。今は藁にもすがる気持ちと、猫の手も借りたいほどの人員不足に直面している。捜査員たちは報道陣の足止めを食らわれないように注意しながら街へと出て行った。

 惨劇は終わらなかった。ビル作業員焼死事件、そして昨日の女子高生惨殺事件に続き、またしても歴史上類を見ない驚くべき事件が、昨日の未明に起こってしまった。今度の犠牲者は生後間もない乳幼児焼死事件だった。

 事の真相は次のようなものだった。

 昨日の未明、秩父市内に住む生後間もない乳幼児が突然焼死すると言う事件が起こった。この事件による乳幼児の犠牲者は四名。いずれの搬送された病院で死亡が確認された。事件を目撃したほとんどが乳幼児の両親であり、女子高生惨殺事件同様、発生場所は様々な場所に点在していた。目撃証言によると、ビル作業員焼死事件と同じく「突然発火した」と言う証言が得られている。消火に当たった家族の話では「火が消えなかった」と言う証言も得られている事から、かなりの高温が発生した事が考えられる。しかし事件現場に熱を増殖させるような物や建物などは一切なく、火気物なども発見されなかった。調べに当たった鑑識によると、今回の焼死について「常識では考えられない熱で焼かれている」との検分が提出された。事実、焼死した乳幼児のほとんどが焼き尽くされており、白骨化した場所が目立ったという。

 この一方を受けた秩父警察署は、ビル作業員焼死事件から始まった一連の事件と併合し、本庁からの捜査要請を提出。秩父警察署は一時大パニックに陥り、それに伴って報道機関の人々が押し寄せる結果になった。

 事件の知らせを受けた秩父市長は、市内の住民に厳戒態勢を通達し、出来るだけ外出しないよう呼びかけたが、案の定市内は騒然となり、住民からの苦情が署内にぞくぞくと寄せられた。

 この乳幼児焼死事件を受けて、警察は一連の事件の犯人が同一犯である可能性が強いと改めて主張。精神異常者と言う線を視野に入れて捜査に当たっている。

「一体どうなってやがる!」

 ビル作業員焼死事件現場から女子高生惨殺事件の現場、そして乳幼児焼死事件の現場と、三つの場所を忙しく行き来する沖菜が車を運転しながら叫んだ。

「秩父市内でも類を見ない残虐な事件だ。最も三つの事件が連続して起こるなんて秩父市始まっての大事だけどな」

「他人事のように言ってる場合じゃないぞ、里村」

「分かってるさ。しかし今回もビル作業員のときと同じで、発火の原因が分からないなんてな。本当に自然人体発火なんて有り得るのかな」

「必ずしも無いとは言い切れない。だが人類史上自然人体発火で大量の人間が焼死するなんて事件は聞いたことが無い。まるで神隠しだ」

 沖菜の運転する車が署の前に停車する。署の玄関口にはハイエナのように群がった報道陣がカメラやフラッシュを向けていた。

「これからどうするんだ?」

 シートベルトを外した里村が沖菜に言った。

「ビル作業員焼死事件にしても女子高生惨殺事件にしても、一連の三つの事件には重大な何かが隠されているような気がしてならない。いずれも不審な点が多いと言う共通点もあるしな。まずビル作業員の事件で唯一生き残った蛯原と言う男に話を聞きに行こうと思ってる」

「おいおい、単独捜査は懲罰だぞ」

「分かってる。その辺は上手く言っておいてくれ」

「ったく、一度言い出したら何言っても駄目だな」

 里村はやれやれと言った表情を浮かべた。

「分かったよ。上の連中には上手いこと言っておく」

「すまない、じゃ後を頼む」

「今度おごれよ」

「ああ」

 里村を書に残し、沖菜の車は去って行った。


 昼間と夜の街並みは異なると言うが、秩父市ほどそれが顕著な街は無い。街の活性化が進む中で、秩父市も数年前に比べると華やかな街になりつつあるが、夜にもなると辺りは漆黒の闇に包まれてしまう。外灯の数が無くない事もその理由の一つだが、大都市のようなオフィス街が無く、街中を鮮やかに照らすネオンが極端に少ない事が、昼と夜を変貌させてしまう大きな理由であった。

 そんな姿を変えた秩父市内を、一台の車が走行していた。車は国道140号線を北上し、秩父市から隣街の皆野町へと向かっている。

この辺りは140号線と併合するように秩父鉄道が走っている。そのため踏み切りや路線が多く点在している。

ドライバーの田村真也は既にカーナビに目的地の住所を入力してあるモニターを見た。

「あれ、またかよ」

「どうしたんだ?」

 助手席に座る高野俊樹が言った。

「いつもこの辺に来るとカーナビが故障するんだよな。皆野町を入力しているのに、何故か反対方向を指すんだよ」

「どれどれ」

 高野は確かめるためカーナビのモニターを確認した。

 田村が言った通り、カーナビの示す先は皆野町とは正反対に位置する左の道、まだ開発の手が届いていない吉田町も方角を示している。入力された住所は確かに皆野町なのだが、示された先は吉田町が輪になっていた。

「いつもそうなのさ。この辺りに来ると何故か故障しやがる」

 田村は運転しながらカーナビをいじり始めた。

「おい、運転気をつけろよ」

「分かってるって」

 車は秩父駅へと続く道に入った。街の活性化を狙った建築が進んでいるとは言え、まだまだ過疎は止まっていない。老人や子供の多い秩父市では夜にでもなると、人気はすっかり途絶えてしまう。夜遅くまで営業している店は駅前にある大手スーパーくらいなもので、他にはコンビニなどがある。そのコンビにも店長が老夫婦だったりするため、二十四時間営業のコンビニはほとんど無い。大概は二十三時を回るとシャッターが下りてしまうという始末だった。

「チッ!駄目だ。完全に故障だな」

 田村がカーナビから運転へと意識を向き変えたときだった。

「危ないっ!」

「うわああああっ!」

 田村が叫んだときにはもう遅かった。車は大きな円を描き、スリップを繰り返しながら大きく蛇行する。車は一度傾くとハンドルを持って行かれてしまうため、そう易々と元には戻せない。まるで滑ったように車はグルグルと回転し、対向車線に乗り出した。

「くそっ!」

 田村が渾身の力を込めてブレーキを踏んだのと同時に、車は対向車線の外にあった電柱に激突した。金属とコンクリートが衝突した爆音が夜の闇を引き裂く。衝突の威力でボンネットは大きく歪み、車内へとめり込んでいた。

「ううう・・・・」

 二人とも何とか無事だった。だが身体中が酷く痛む。

「大丈夫か?・・・」

「な、なんとかね・・・・」

「今・・・救急車呼ぶから・・」

 どうにかして外へ出た田村が這い蹲りながら携帯電話を取り出し、119番を押し、藁にもすがる思いで救急車を要請した。



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