虹魔石
長くなりましたので分けました。
「っナッツ!」
がばっと起きあがり、溜め息をつく。
地球で暮らしていた時の夢を見てしまった。
現実との差に胸が痛くなった。ふと、半透明のベッドカーテンに気づく。天井を見上げると、屋根があった。
――これって、天蓋ベッド?
カーテンを払って、周囲を見渡す。
まるで、洞窟をドーム状に掘ったかのような、半円状の部屋だ。点々と壁かけの明かりが灯り、影が揺れている。
足元には、一人が立てる大きさの、丸い絨毯。ふわふわしていて柔らかそうだ。脇には、ナッツが選んでくれた思い出の靴が置かれていた。
私は靴を履き、天井を仰いで、唸った。
どうしてこうなった。
ここはどこなの?
視線を正面に向けると、木製の扉があることに気づく。
音を立てないように忍び足で向かい、そっと開けると――
「あ! 起きたんだど!」
びくっ! と体が飛び上がり、心臓が早鐘を打つ。
……心臓が飛び出るかと思った!
改めて振り返ると、隣室の中央で誘拐犯の少年が、笑顔でぶんぶんと手を振っていた。
少年の傍にはすらっとした女性と中肉中背の男性が並んで長椅子に座っている。
ご両親かな?
「あの……ここは、どこですか……?」
どすどすとやって来た少年が、突然左手首を握って痛みが走り、悲鳴を上げた。
「ど、どうしたど!? 痛かったど!?」
手首を押えていると、慌てて寄って来た女性が鈴のようなものを鳴らす。
入室して来た若い女性に指示をだしたようで、退室した。戻ってきた時には、両手に何かの器を持っていた。
水、かな?
「これに、つけるんだど!」
少年に左腕を掴まれ、今度は慎重に手首を浸してくれる。
「ごめんなさいねー」
長椅子に座っていた女性が頬に手を当てて、困ったように笑った。
「この子ったら、可愛いお嫁さんを見つけたど! ってあなたを連れてきてしまってー」
「えぇっ!? 私がですか!?」
「ほら、ドッキちゃんー。全然意思疎通できていないわよー? これだと誘拐犯よー?」
「だ、だって……ひとめぼれしたんだど!」
「そんなことを言ってもダ、こういうことは一方だけの気持ちでは駄目なんダ」
中肉中背の男性が少年を見下ろし、諭すように言う。
会話が途切れたのを見計らって、一番気になることを質問した。
「あの……私、どのくらい眠っていましたか?」
婚約の返事をするために王都へ出かけたのは、王様から提示された期日の前日だったはずだ。さすがに一日以上眠りこけたとは思いたくない。
どうしよう。お父さま、心配してるよね? あれからどうなったんだろう。
「そうねぇー。あなたがここに来たのは、昨日のお昼過ぎなのよー。一晩明けて、今は朝ねー」
よ、よかった! 今日中なら間に合うわ! でも家の方はどうなってるかしら……。
「あ、あの。私……そろそろ帰らないと……父が、心配して」
「それは心配ないど! メイカの名前、覚えてたど! すぐに伝令送ったど! ちゃんと家の者が受け取っているど!」
少年の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
「あ、ありがとうございます……。ええと、それはそれとして、やはり私は帰らないと……」
「おいらじゃダメど?」
「……ごめんなさい……私、すきな、ひと……がっ……っ」
ナッツのことがよぎった瞬間想いが溢れ、涙が零れた。
嗚咽を漏らす私の背中を女性が何度もさすってくれる。
その優しさに心が温かくなる。
「何かあったのー? いってごらんなさいー?」
気遣いに満ちた言葉に、気がつけばここに来てからのことをとめどなく話していた。
伝えきって口を閉ざすと、「辛かったわねー」と言ってくれ、また泣いてしまう。
「ごめんなさいねー、そんなに逼迫していたというのに、息子が至らないことをしてしまってー。申し訳ないわー」
「そうダ、ドッキ。次はないダ」
「ごめんなさいど……」
「ところで、あなたの指輪なんだけどー、貸してもらってもいいかしらー?」
「えっ、でも、これ、は、外せなくて……」
「あらぁ大丈夫よー。こうしてねー」
細い指が指輪を摘まんだ刹那、すぽっと抜けてしまう。
唖然としていると、女性は祈るように指輪を額に当て、瞼を伏せた。刹那、額が熱くなり、同時に緑色の光の模様が足元に出現する。
ふっと目を開けた女性は、頷いた。
「この指輪には、ドワーフの紋章が刻まれているわー。これはあたしが、子供のころ助けてくれた“人の子”に渡した指輪ねー。わたしの魔力の残渣があるわー。でも五十年も前のことだからー、あなたは、“人の子”の、娘さんかしらー」
微笑みながら差し出された母の指輪を受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
「“人の子”はどうしたのー? まだ元気なのかしらー」
私はゆっくり頭を振った。
「母は……亡くなりました。地球という世界で……。もしかして、地球ってご存知ですか……? どうやら母は、この指輪の力で地球という世界にいったようなんです」
夫妻が顔を見合わせ、視線が私に戻る。
「内緒にしていることなのよー。“人の子”には伝えたけれどー」
おいで、と促され、長椅子に少年家族が、その対面に一人で腰掛ける。
「その指輪に嵌まっている石は、元は虹鉱石という石なのダ。その石に魔力を溜めることで虹魔石と呼ばれるものになるのダ。魔力自体は指輪の持ち主でなくても、誰でも与えることが出来るのダ。隣国は、魔石に魔力を溜めて、魔道具というものを作り、生活の助けにしているようダ」
「でも、一度“血の契約”をするとねー、その契約者にしかその石が使えなくなるのー。そして、転移ができるようになるのよー」
「奥さんが言った通り、通常、血の契約をした場合は契約者しか、その石は使えないのダ。しかし、石を譲渡したい者の血液を、石に与えることで、所有権が移るのダ」
「つまり、“人の子”は、娘のあなたの血を、その指輪についている虹魔石に与えたことになるのー。契約者じゃない者は、それを使おうとしても跳ね返されて、使えないのよー」
「そうだったんですか……」
……じゃあ……ナッツの指輪って……?
「娘さんー」
「はい」
「わたしが“人の子”に助けてもらった時にねー、“人の子”の血が生き継がれている間は、人と獣人が暮らす隣国に、鉱石を輸出すると約束していたのよー。そうすれば、石が欲しい隣国は、“人の子”を大事に扱うと思って――……。でも――……」
重い溜め息をついた女性は、頭を振った。
どうしようもない、という様に。
「五十年前、“人の子”の気配が消えてー、わたしたちは隣国との鉱石輸出契約を切ったのよー」
――お母さんがこの方を助けたから、虹魔石が獣人の国に入るようになった。でも、お母さんは、伯爵家の雇った賊に襲われて、指輪の力で地球へ逃れた……。
視線を部屋の隅に待機していた若い女性に向けると、女性は一旦退室した。
戻ってきた女性がカップを置いていき、元の位置へ戻っていく。
カップの中を覗き込むと、甘酸っぱい香りのする赤い液体が揺れていた。
「果実水よー。隣国でもよく飲まれるそうよー。さあ、どうぞー」
「おいしいど!」
「いただきます」
口に含んだ瞬間から、ザクロのような風味が鼻を抜けていく。
甘いのにさっぱりしていて、とても美味しい。
「話の続きだが、契約を切られた隣国は、戦争を起こそうとしてきたんダ」
――お母さんを狙った犯人のせいで、獣人の国は虹魔石を手に入れられる契約を切られた。でも獣人国は石が欲しいから、戦争を仕掛けたのね。……最低だわ。
「わたしたちは隣国と戦って勝ったわー。その時、わたしはドワーフ王をやっていたパパに頼んで、卸した石も全て壊してもらったのー。戦争を仕掛けてくるような隣国の者たちに、指輪を使用した転移をされては、危険だからねー」
なんだか、獣人の国が負けて清々する話だ。
確かに、獣人の国に転移が出来る方法を知られると、悪いことに使われる未来しか見えない。
「“人の子”よー。わたしは“人の子”と約束したことを忘れていないわー。わたしの息子も、娘さん……あなたに迷惑をかけてしまったしー」
「隣国の獣王は未だに石を求めているのダ。娘さん、あなたが牢に入れられた者を救いたいならば、力を貸すが、どうダ?」
「ええと、それはどのようにして……?」
希望が見えだして、心臓の鼓動が早くなる。
……本当に、ナッツを助けることが出来るの?
「娘さんの婚約者を解放し、この先、あなたたちに手出無用という条件でなら輸出契約をしてもよい、という旨の書簡を書くのダ。息子に書簡を預けるから、娘さんは、息子と馬車で向かうのダ。息子から、獣王に書簡を渡してもらうのダ」
「あ、ありがとうございます!」
歓喜で心が震え、涙が溢れた。
勢いよく頭を下げると、男性は鷹揚に頷く。
「先触れを出しておくのダ。リグ、デイ、ザビの三名で行ってもらうのダ。少し待つのダ」
「何から何まで……本当に申し訳ありません! どうもありがとうございます……!」
机に向かった男は取り出した厚手の紙にペンを走らせ、折りたたむと緑紋様の封を施し紐で結ぶ。その間にやってきた一人に預けると、彼らは腰を折って出ていった。
「さぁ、これで大丈夫ダ。あのこたちが戻ってくるまで、娘さんは部屋で休むといいダ」
「ありがとうございますっ……! なんとお礼を言えばいいか……」
「いいのよー。“人の子”との約束と、息子がしてしまったことに対してのお詫びでもあるのだからー。さぁ、お部屋に戻って、ゆっくりしていなさいー」
そう背中を優しく押され、私は安心感と嬉しさのあまり、顔を覆った。
お母さん、ありがとう! 本当に、本当にありがとう……! ナッツ、あなたに早く会いたい! お願いだから、どうか無事でいて……!
夕方、使いに出した三名が戻って来たと連絡を受けた。
居ても立っても居られずすぐにトロワ国へ戻ろうと思ったが、夜は危険だからと止められてしまった。
お預けを食らった気持ちで眠れない夜を過ごし、迎えた早朝。「体力はつけないとだめよー」と手渡された果物を頂き、書簡を持たされたドッキ少年と共に馬車へ乗り込んだ。
眠れてなかったせいか、うとうとしてしまい――……気づいたら邸の前だった。
――すぐ、王宮に向かうと思ってた……。
寝起きでぼうっとしていると「お父上が一緒のほうがいいと思ったんだど!」と明るい声が聞こえ、確かにと頷く。
バタン! と扉が開き飛び込むように顔を出した父は、心なしかやつれていた。
心配をかけてしまった罪悪感で一杯になったとき力強く抱きしめられた。
「……お帰り」
その一言が、心の柔らかい部分を刺激し、涙が頬を伝う。
温かい……。
――お母さんも、ここに居られたら良かったのに……。
心から、そう思った。
落ち着いてから話を聞くと、経緯をあらかた耳にしていたようで、安心したと笑っていた。
そのあと身の回りを整えた私、父、ドッキ少年は同じ馬車に乗り込んで、王宮へ向かった。
今や私の心は希望で満ち溢れ、ナッツに早く会いたいと気持ちが急くばかり。
馬車に揺れる小一時間が、永遠のように感じた。
次回最終話です。今夜アップします。
ブクマ、評価、読んで下さる皆様ありがとうございます。
よろしければ最後までお付き合いくださいませ。




