もちろん、もろちん。眠った王子様はキスで目覚める。お伽噺の鉄則なんだからね。しかし、この物語の場合。誰にキスをさせればいいのか、そこに悩んだ。悩んだ結果、ボツになった。
案の定、本部は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。終わっている。
図書館ではお静かにって、先生に教わらなかったのかコイツらは。腐ってもここは図書館だったんだぞ。
まあ、何図書館だかは知らないが、やけに大きい様相に蔵書の多さから、この国で最後の研究機関になっている。
目下、この国最後の砦ともいっていい。
そう思っていると、私の目の前を本が飛んでいった。これは鳥のように飛んでいったのではなく。誰かがぶん投げた、と言う意味の飛んでいっただ。
思わず溜め息が出てしまう。
現在、科学文明がほぼ消え去った今。人類の再興、文明の復興成せる可能性を持つ数少ない機関だ。
ここで、我々魔女達は来る日の決戦の為、日夜、全盛時代の魔術の再現を目指している。
悲しいかな、科学文明が失われると同時に、多くの魔術も消失した。今は魔術の残りカス、あるいは奇跡の残り香とも言うべき喪のにすがっている状況だ。
こんなんでは『魔王』に挑むなんて、夢のまた夢だ。何時まで経っても人類の時代が戻ってくることは無いだろう。
まあ、本部にいる殆どの人間はそんなのは承知の話だろう。
ほぼ全員が緩やかな衰退を望んでいる。自分の代で滅びなければそれでいい。
皮肉なことに、この国、最後の砦がこの様なのだ。
そんなことを思っている。目の前を一人の魔女が通り過ぎようとした。
通り過ぎようとしたので、急いでその娘の首根っこを掴んで問い詰めた。
「一体全体、この騒ぎはなんですか?」
その問い掛けにをした私の腕を魔女は煩わしそうに振り払うと、こちらを一瞥しながら口を開いた。
「あの騎士様が葉月の呪いで眠ったんです」
眠った?
眠らせる呪い?
なんだそれは?
「それで私達は騎士様の呪いを解くために調べもの中なんです!」
魔女を良く見ると結構若い。
金髪ともつかない短髪をした快活そうな少女だ。もしかしたら、初っぱなでアタリを引いたかもな。
「ほほう! それで、なんか手懸かりはみつかったかな?」
そう言うと彼女はこちらを睨み付けると勢い良く走り出した。
「教える訳無いじゃないですか! 呪いは私が解いてみせるんです!」
そう言うと、彼方へと消えていった。
やれやれ、何をそんなに急いでいるやら。せっかく、ちゃんとコミュニケーションが取れる娘に当たったのにな。
「はあ、これじゃあ。取りつく島もないな」
当たりを見ると、他にも数人の魔女が当たりを行ったり来たりしている。大忙しだ。
「まるで盆と正月が一緒に来たみたいね」
まあ、この盆と正月が何か私はしらないが。昔の人はそう言ったらしい。
「失礼、それはどういった意味ですか?」
見ると、いつの間にか一人の男性が私の隣に立っていた。
薄い青色を帯た挑発に、夜空の様な青い瞳。女性顔負けの白い肌に鼻筋の取った綺麗な顔。
「さあ? なんか忙しいって意味らしいぜ。おおばば様が言ってた」
こんなのが、男日照りで有名な魔女の巣窟にいたら、大騒ぎにもなるな。流石の私でも見とれてしまう。
「ふふ、良くわかりませんが、面白いですね」
そう言うと、男は朗らかに笑った。
これは、目の保養と言うより、毒に近いな……
意図も容易く、人を狂わせる……
特に魔女を……
魔物が世界を埋め尽くしてから、既に長いが、私達魔女こそが魔物達を産み出し操っていると抜かす者達も少なくない。
それ故、この本部には殆ど魔女しかいない。悲しいかな、魔力の無い人間にとって、私達魔女は魔物と大して変わらないらしい。
わざわざ、魔物の巣窟にかもしれない場所には行かない。誰しも、飛んで火に入る夏の虫にはなりたくないからな。
これが、この本部が万年筆男日照りな理由だ。そして、男が現れたら、魔女が狂う理由だ。
多分、今回の騒動も原因はそれだろう。
「なあ、騎士さんよ」
「私の名前は、空と言います」
そう言うと、男は朗らかに笑うと、こちらに手を伸ばしてきた。
握手、と云う奴だろう。
私は手のひらでその握手を拒否する。
「握手は止めとこう」
我ながら情けない。一度、この手を握ってしまえば、私も男狂いになってしまいそうで怖い。
「ああ、これはすいません。ここの方達は皆さん、いい人なので、私もつい図々しい人間になってしまった」
まるで私が悪い人みたいな言い方だが、別に他意はないのだろう。
本当に恥ずかしそうに男は頬を掻いてみせた。
まあ、この男なら、他の魔女にも良くして貰ったのだろうからな。握手を拒否する奴なんて、今まで居なかったのだろう。
……と、そんなのどうでもイイ。それよりも、気になることは。
「所で、空さんとやら。アンタは私に何の様があって話し掛けてきたんだい?」




