お伽噺の術式は良いと思います。もうちょっと文豪になれればよかったと思います。
「それにしても、このぬいぐるみはなんなんでしょう?」
私は答えが出ないであろう疑問を口にした。まあ、有栖ちゃんにとっては大切な物なのだろう。それならば、まあ、細かいことは言わず。彼女の望むようにしてあげるべきなのだろう。
「安藤ぅさん!! 安藤ぅさん!! 起きてください!! 開けてください!! 仕事ですよ!!」
私はある部屋の一室を叩いた。
返答はないが、扉の向こうで何かが蠢く気配がするので、少し待てばお目当ての人物が顔を出すだろう。
少しの間の気晴らしにと辺りには視線を向ける。
「相も変わらず、埃っぽい所だこと」
誇りを吸わないように、袖ので鼻を押さえて見せる。
かつては集合住宅として、多くの家庭を住まわせ。活気付いた賑やかな場所だったのだらしいが、今はその影を見ることも出来ない。
おおばば様がマンションだとか言っていたが、果たして本当なのだろうか。
今では、階段が崩れていたり、部屋の底が抜けたりしていて、とても人が安心してすめる場所ではない。
その時、扉が軋む様な音を立てながら開いた。
「はいはい、安藤です。ぬいぐるみの修復ですよね」
扉からぬっと黒光りする塊が現れた。それはゆらゆら動くとこちらに目を向けた。
その様子から、この黒い塊が髪の毛で有ることがわかる。
「貴女、何日、身体洗って無いんですか?」
「さあ、わかりません」
ヌルリと光る黒い髪が揺れると、獣の様な臭いがこちらに降りかかってきた。
思わず、その香りに後退りしてしまう。
有栖ちゃんは不思議とイイ香りがしたけど。こ、これはキツい。
「それより、はやくぬいぐるみを寄越した下さい」
「え、は、はい。そ、そうですね」
私は有栖ちゃんから預かったぬいぐるみを渡そうとしたが、不意にある疑問が生まれ、その手が止まった。
「どうしたんですか、楓さん?」
「貴女、なんで、私がぬいぐるみの修復を頼みに来たって知ってるんですか?」
そう、私はぬいぐるみの修復を頼みに来た。だが、それを事前な知らせてはいない。
ならば何故、この女はそれを知っていたんだ?
答えは一つだ……
「貴女、有栖ちゃんを盗聴してましたね」
「ええ、それが?」
こ、こいつ。ぬけぬけと……
「でも、勘違いしないで下さいね。私が盗聴してるのは有栖さんも知ってます」
「え?」
ど、どいうことだ?
「彼女の通ったルートと、出現する魔物の記録。それをまとめて『本部』送るのが私が有栖さんに頼まれている仕事です。盗聴はその為の必要事項です」
「はあ?」
ううむ。意味がわからん。
意味はわからんが、有栖ちゃんが頼んでいるのなら、仕方ないか。仕方ないのか?
「ほら、わかったなら。ぬいぐるみを寄越してください」
「え、あ、あぁ」
そう言うと彼女は私の手からぬいぐるみを取ると、それを眺めた。
「うんうん。大分情報は古いですが。修復は出来そうですね。任せてください。数日で修復します」
彼女は赤子でも抱くようにそれを大切そうに抱くと呟いた。
何やら、その仕草に有栖ちゃんと似た物を感じる。
有栖ちゃんを盗聴していたと言うことは、このぬいぐるみにどういった曰が有るのかも知っているのだろうか。
まあ、変に詮索はしない方がいいか。
有栖ちゃん、そう言うの嫌うし。
「なら頼みますよ。因みにお代の方は?」
「結構です。有栖さんからは有益な情報を常日頃から頂いているので、余程の大仕事でも無い限り貰ってません」
これは驚いた。
彼女と有栖ちゃんの間にそんな同盟めいた物が結ばれていたとは。
私は思わず目を見開いてしまった。そんな私の様子を見て彼女が口を開いた。
「なんですか? なにか文句があるんですか?」
「い、いえ! 何も! ただ貴女が誰かそんな関係になってるなんて以外だなと思いまして」
そう、彼女。安藤さんは御世辞にも社交性の高い方ではない。むしろ、社交性はゼロ、マイナスと言ってもいい。
そんな、彼女が同盟関係的な物を結んでいるとは以外だったんだ。
「まあ、彼女は特別ですよ。それは貴女もわかってるでしょ?」
うん、まあ、それはそうだな。
態度には出さなかったが、私の答えを薄々わかっているのかの様に彼女は続けた、
「彼女の存在は貴重で重要なんです。なので、私の出来る範囲ですが援助はするつもりなんです」
「そうですか、ふふ……」
その言葉に思わず笑ってしまう。
「なにかおかしいですか?」
「い、いえ! 有栖ちゃんを助けてくれる人がいたんだなって!」
私がそう言うと安藤さんは露骨に眉を潜めた。
「貴女も同じじゃないですか。有栖さんの所にマメに出向いて……」
「確かに、はは……」
彼女の返答に自分でおかしくて笑ってしまう。
ああ、そうか。少なくともここに二人、有栖ちゃんの味方になってくれるかもしれない人がいるんだ。
なんだか、少し嬉しいな。
私が一人で笑っていると。安藤さんが怪訝そうな顔で呟いた。
「ご機嫌そうで何よりですか。本部に戻るなら気を引き閉めて置いた方が良いですよ」
「え? な、なんでですか?」
その言葉に自分でも驚くほど血の気が引くのがわかる。嫌な予感しかしないからだ。
「先日、やって来た男性の一人が呪われました」
「は?」
な、なんじゃそら?
呪われましたって、なにそれ?
そんな軽く呪われるもんなの?
「しかも、呪ったのは『黒き森の魔女』です」
「か、考えうる限りで一番めんどくさそうですね」
私の言葉に安藤さんは無言で頷いた。