魔法の無い国の有栖
この世界には昔『魔法』と言うものが存在したらしい。
遥か遥か昔の話だ。まだ竜が空を飛んでいた時代の話。お婆ちゃんのお婆ちゃんのそのまたお婆ちゃん、そして、そのお婆ちゃんのお婆ちゃん。そのくらい前の話? なのかな?
私には細かいことはわからない。
「有栖たん! 一匹、そっちに云ったよ!」
私の耳にぶら下がる小さな水晶から声が響いた。
これは出来損ないの魔法。あるいは奇跡の残り香と言えばいいのだろうか。擬似的に魔術を再現した物だ。
昔は無線機って言う機械がこなしてた役割を今はこの水晶が行っている。
大変便利だけど、『魔力持ち』しか使えないし。水晶との相性が良くないと使えないし。
全く、科学文明さえ衰退しなかったら、もっと便利な世の中だったろうに……
「有栖たん!! 聞いてる!! 返事してッ!!」
その時、私の背後から気配がした。
獣の足音に臭いに気配。
私は手に持った本を開く。
「魔導書」
振り向くと、今まさに黒い黒い狼が私には向かって飛び掛からんとしていた。その影の様な体毛から、二つだけ覗く赤い赤い瞳がこちらを睨み付けている。
まあ、そんなの関係なしにと私は本に手を添える。
「赤頭巾ちゃん」
その瞬間、眩い光と共に私の立つ地面から岩が弾丸の様に飛んで行った。
どちらかと言うと“射出”と言った方がいいだろう。
射出されたそれは真っ直ぐに狼へと飛んで行き、逃れる間もなかったのか。その岩を狼は顔面で受けた。無論、狼の顔は一瞬ひしゃげた様に歪むと、その瞬間に破裂した。
先程まで、狼だった者の頭は深紅に染まり。まるで頭巾でも被っている様な容姿になった。
「ああ、有栖たん! 良かった無事だったんだね!」
今度は水晶からではなく、直接声が響く。
見ると、空から一人の少女が降りて来た。
少女は箒とも杖とも、どっちともつかない棒状の物に跨がっている。
「……私が死ぬ訳ないじゃないですか」
彼女は箒杖から降りると、声を挙げながら私に詰め寄ったら。
「そうだけど、心配じゃん!!」
そう言うと、拒否する私の手を意にも介さず抱き寄せて来た。
苦しい。臭い。止めて欲しい。
私達はもう何日も湯つかってないんだぞ。
「……臭いですよ」
「有栖ちゃんは臭くないですよ!! イイニオイですよ!!」
私は溜め息を吐きながら本を閉じ、狼であった物を指差す。
「倒しました。持ってって下さい」
「へいへい!! わかりました、有栖殿!!」
そう言うと、彼女は縄を取り出し箒杖と狼の足を固く結んだ。
「そう言えば、有栖ちゃんは『本部』には戻らないんですか?」
彼女が不意に口を開いた。
私は露骨に眉を潜めてみせる。
その表情を察したのか、彼女は苦笑いを浮かべて見せた。
「戻らないんですね」
その問いに小さく頷く。
「まあ、そうですよね。有栖ちゃんみたいな、マトモな娘は、あんなところに居たくないですよね」
「……貴方そんなこと言って良いんですか? 誰に聞かれてるかわかりませんよ」
そう言って、私は耳にぶら下がっている水晶を指差した。
この水晶は便利なのは良いのだが、誰彼構わず繋がってしまうと言う欠点があるのだ。
しかも、ある程度器用な奴なら意図的に盗聴出来てしまう。
因みに、私は嫌われてるので、いつも七、八人に盗聴されてる。私のことを盗聴したって、つまらなかろうに、世の中には凄い暇な人が居るのだな。
「いいよ。『盗み聞き』してる奴には聞かせりゃいいよ。」
そう言うと彼女は手の平を振ってみせた。
サッパリした反応だ。
私達の組織の人間は総じて、ひねくれものが多いのだが、彼女は非常にサッパリしている。
まあ、マトモな人なのだ。
私と比べると100倍マトモだ。
それだけに敵の多い私には、あまり近づかないで欲しいのだが、何が彼女をそうさせるのか、何かあると私に接触してくる。
「……余り、敵を作らない事ですね。でないと、私のみようになりますよ」
「そしてら、私は有栖ちゃんと一緒に世界を旅しようかな!!」
その答えに、私は思わず溜め息を吐く。
「わかりました、もう何も言わないんで、さっさとどっか行って下さい」
私はそんな言葉を吐くと、その場を後にした。
少ししてから空を仰ぐと雲一つ無い空を一人の少女が飛んでいた。
太陽を光を反射するブロンドの髪が一層輝いて見えた。
そんな彼女を見上げる度に思うのだ。
「私も空を翔べたらな……」