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『孤独な狼と優しい妖精』

 とある森の中、それはそれは大きく強くて立派な一匹の狼がおりました。ですが、その狼はいつも一匹でした。狼は大きく強い代わりに他の狼達からは恐れられ、避けられる存在でした。

 

 だから、狼はいつも一匹でした。


 狩りの時も、眠る時も、食べる時も、いつもいつも一匹でした。そして、狼いつも傷だらけでした。

 普通の狼ならば数匹で分担する事も一匹で全てをこなさなければならなりません。その狼には生傷が絶える事はありませんでした。


 ある日、狼は熊に襲われ酷い傷を負ってしまいました。


 狼は熊からなんとか逃げる事が出来ました。しかし、酷い傷で今にも息絶えてしまいそうです。熊はとても執念深い生き物です。きっと、狼の血の匂いを追ってやって来るはずです。

 

 狼はとても賢い生き物です。勿論、それを理解しています。だから、自分が間も無く死んでしまう事も理解出来ました。しかし、そんな時も狼はやはり一匹です。

 

 狼は酷く悲しい気持ちになりました。


 なにも狼は死ぬのが悲しいのではありませんでした。一匹でいる事がとても悲しくなったんです。自分が世界でたった一匹になってしまったと、そう思えてしまいとても悲しくなりました。


 太陽も自分の事を照らしていないと。

 風も自分に向かって吹いていないと。

 世界は自分の事を認めていないと。


 そう思えて、狼は悲しくて悲しくて仕方がありませんでした。

 

 そんな狼の元に小さな小さな妖精がやって来ました。


「狼さん狼さん、大丈夫ですか? 酷い怪我ですよ?」


 妖精は小さな小さな声で言いました。


 ですが、狼の耳にはそんな小さな声でも、とても澄んだ鈴の音の様に響き渡りました。


 狼は少し安心しました。


 最後の最後を一匹で迎えずに済んで良かったと、そう思いました。ですが、間の悪い事にそこに狼を追って来た熊がやって来ました。熊は折角の獲物に逃げられて酷く気が立っている様です。今にも、狼に向かって喰らい付きそうです。その熊の様子を見た妖精が言いました。


「熊さん、止めてください。狼さんを虐めないであげて!」


 熊は妖精の言葉なんて耳を貸しません。

 それどころか、妖精も狼もまとめて食べてしまうつもりの様です。


 それを見た狼は最後の力を振り絞って熊に向かって飛び掛かり、その鼻先に喰らい付きました。


 それは小さな小さな妖精を守る為です。


 狼はその大きな身体と沢山の傷跡から恐れられていますが、決して悪い狼では有りません。自分の最後に立ち会ってくれた妖精を、自分の最後を一匹にしないでくれた妖精を助け様としたのです。


 狼は優しい妖精に感謝しながら、全力で熊と戦いました。


 その時の狼は今までで一番強く。

 なんと、熊を追い払ってしまいました。


 しかし、狼は今までで一番多くの傷も負いました。

 狼は遂に力尽き地面に倒れてしまいました。


「狼さん! 大丈夫ですか!?」


 妖精の鈴の様に澄んだ声が狼の耳に入って来ました。ですが、狼に悔いは有りませんでした。最後の瞬間を一匹で迎えずに済んだ、それだけで狼は満足でした。


 そんな狼に妖精は言いました。


「狼さん、私を守ってくれたんですね。こんなに傷だらけになってまで……」


 妖精が狼の傷に触れました。すると、傷がゆっくりと塞がりはじめました。なんと、妖精には傷を癒す力が有る様です。


 妖精は一生懸命、狼の傷を治しました。

 

 狼の傷はゆっくりとゆっくりと塞がり。最後に狼はすっかり元気になりました。狼はとても喜び、辺りを走り回りました。

 

 狼は妖精に感謝しました。妖精はその様子を見て、とても喜びました。


 狼は何かお礼がしたいと思いました。

 その様子が伝わったのか、妖精が言いました。


「私は木の妖精、ミドナと言います」


 妖精はそう名乗り。自分は新しい立派な木の苗に成る為に楽園を探して旅をしていると言いました。狼はそれを聞いて、自分もその楽園を探す手伝いをしようと思いました。


 狼はその大きくて立派な身体に妖精を乗せて、走りました。


 先ずは北へ。


 その次は西へ。


 そのまた次は南へ。


 そして、そのまた次は東へ。


 しかし、どこへ行っても、楽園は見つかりません。無理もありません。楽園なんて、この世には存在しません。狼もそれはわかっていました。それでも、少しでも豊かな場所をと思い、妖精の為に世界中を駆け回りました。


 最後に狼と妖精は果てしない荒野にやって来ました。


 そこには生き物が自分達以外誰もいなく、とても悲しい場所でした。とても寂しく、とても荒れた場所だと、狼は思いました。狼は直ぐに新しい場所へ向かおうと走り出そうとしました。


 しかし、その時、妖精が小さな小さな声で言いました。


「ここにしましょう」


 狼は耳を疑いました。


 こんな所に根を降ろすなんて、あり得ない。こんな荒れ果てた、寂しい荒野に根を降ろすなんてとんでもない。


 そう、狼は思いました。

 ですが、妖精は言いました。


「こんな荒れ果てた荒野だからこそ、楽園にするんです。どんな生き物でも安心して住める、豊かな場所にするんです」


 妖精の声は小さく、とても小さく、狼が少し唸り声を挙げれば聞こえなくなってしまう程の声でした。


 しかし、狼の耳にはその声が強く響きました。

 その声には強い想いが込められていると、そう狼は思いました。


「狼さん、今まで本当にありがとうございました。貴方と一緒に世界中を旅する事が出来てとても楽しかったです。とても幸せでした」


 そう言うと、妖精は荒野へと舞い降りて、小さな小さな苗木となってしまいました。


 妖精は荒れ果てた荒野に根を降ろしてしまいました。


 狼はとても悲しくなりました。でも、それは一匹になってしまったからではありません。

 自分の大事な友達がこんな広く寂しい荒野に一人ぼっちになってしまったからです。


 それから、狼は三日三晩鳴きました。


 太陽に向かって、月に向かって悲しい遠吠えを挙げ、三日三晩鳴き続けました。


 数年の年月が過ぎたある日、寂しげな荒野にたった一本の苗木とその回りにささやかで小さな花畑が広がっていました。

 

 そして、その花畑に向かう、一匹の大きく立派な狼がいました。


 その狼の口には小さな木の実が咥えられていました。

 狼は前足を器用に使い、その木の実を地面に植え、直ぐ様走り去って行きました。


 次の日も、また次の日も、狼は同じ事を繰り返しました。

 

 時には花を、時には木の実を、時には珍しい草を……


 世界中を走り回り、世界中の植物達を何年も何年も植え続けました。妖精が寂しくない様に、彼女と一緒に旅をした所の草や花を沢山沢山植えました。


 数十年の年月が過ぎたある日。その場所はもう寂しい荒野では無くなっていました。


 とても緑豊かで、美しい森が広がっていました。


 そして、その中で一際大きく立派に成長した木の根元に、年老いた一匹の狼がいました。


 もう狼には歩く力も有りません。


 不意に狼に小鳥が止まり。さえずりながら、その狼の毛繕いをし初めまして。そして、その周りには沢山の森の生き物達が集まっています。


 同じ狼は勿論。鹿や狐、小鳥や熊までも狼の周りに集まっています。誰も、狼の事を襲おうと思う者は居ません。

 彼がとても偉大な狼だと、この森に住む生き物達の全てが知っているからです。


 やがて、狼は息が浅くなって行き。呼吸もゆっくりと少なくなって行きました。


 狼はとても賢い生き物です。

 自分がもうじき死ぬと、それを理解しています。


 ですが、狼は少しも悲しくはありません。


 もう一匹ではないからです。

 沢山の生き物達が自分の事を見守ってくれているからです。


 それに、この沢山の生き物達が居れば、彼女も寂しくないと。そう思ったからです。

 

 優しい風が吹き、森の木々達が囁く様に揺れました。

 あの大きな木も優しく揺れています。


 狼はその音を聞いて彼女が語り掛けている様だと、そう思いました。


 狼は堪らなく嬉しくなりました。


 まるで、太陽も自分の事を照らしてくれいるのかと……

 風も自分に向かって吹いているのではないかと……

 世界が自分の事を認めてくれているのかと……


 そう思えたからです

 本当はどうかわかりません。


 けれども、この一際大きく立派に育った木は、きっと自分の為に優しくたたずんでいてくれてると。


 狼は息を引き取る瞬間、楽園と言う言葉が頭を過りました。


 自分に取っての楽園は間違いなくここにあったんだ。そう思い、ゆっくりと息を引き取りました。



 ーこの森は後に世界樹の森と呼ばれ、多くの生き物達が共存する楽園と呼ばれたましたー



          ~ Fin ~

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