転生王子11
「やかましいぞ、お前ら!! 状況も良くわかっておらん癖に軽い口を叩くな!!」
アルザックの怒号が夜空の元に響く。全員が耳を一斉に塞ぎ、肩をすくめる。怒号を浴びせられた騎士達は一斉に縮こまり猫のように背を丸め後ずさった。
その様子を一瞥するとアルザックは溜め息を吐き。こちらに視線を向けて来た。
思わず身体がこわばる。
次は俺が怒られんじゃないかと……
「若様は現在の王宮の状態は御存知で?」
「……いえ」
怒られるのか、と思い思わず耳を塞ぐ。しかし、アルザックは一同頷くとおもむろに話し出した。
「でしょうな。若様が城を追い出された後。王宮内の情報は城の人間でも容易く聞き及ぶことが出来なくなりましたからな……」
あっぶねぇ、怒られるかと思った。
「若様が退役騎士達を召集し貴族の称号を与え、貴族院を作ると言う世迷い言に苦言を呈し、陛下の反感を買い城を追い出された後。二日と待たずに貴族院が建てられました」
「二日でッ!?」
思わぬ早業に声を挙げてしまう。二日ってどんだけの強権を振り回せばそうなるんだよ。
俺の驚きの声にアルザックは黙って頷く事で答えてみせた。そして、更に続けて語りだした。
「既に騎士とは言えぬ者達が政治の実権を握ると腐敗は一度に広がって行きました。自らに都合の良い法案や政策を押し進め、民をないがしろにする圧政を始めたのです。姫様もそれに異を唱えはしたのですが……」
アルザックはそう言うと妹の方を見詰めた。俺も自然とその方向に視線が向く。今は疲れが出たのか横になり寝息を立てながら眠っているが恐らく相当な心労の中、ここまで来たのだろう。
妹の直ぐ側に座っている女騎士が悲しそうな眼差しで妹を眺めている。そして、不意に俺と目線が会うと一度頭を下げて口を開いた。
「発言をしてもよろしいですか?」
「ええ、良いですよ。それに次からはそんな許可をいちいち取らないで下さい。妹を救っていただいた恩人です。貴女の言葉は何よりも重く扱うつもりです」
そう言うと彼女は泣き出しそうな顔を浮かべ、手の平に顔を埋めてしまった。
くそぉ、調子に乗って王族っぽい事を言ったら女の子を泣かしてしもうたぁ……
「アイリス。泣いている暇なんぞ無いぞ。言いたい事が有るなら早くするんだ!」
アルザックがそう口にすると、アイリスは小さく肩を震わせながら「はい」とだけ呟いた。
その光景を見て、思わずアルザックの脇腹をこずく。
「うっ! 何ですか、若様!?」
「少し待ってあげても良いじゃないですか!? 泣いてるんですよ!?」
まあ、泣かせたのは俺なんですけどね……
「いや、しかしですな若様……」
「今のはアルザック爺が悪いですよ……」
「そうですよ、泣いてるんですよ。王子の言う通りですよ……」
「全く、騎士とは言え女の子なんですよ……」
三名の若い騎士が呆れたような口調でアルザックを責め立てる。その光景を見てアルザックも思わず狼狽えたようにキョロキョロと視線を泳がせて見せた。
その時、アイリスが口を開いた。
「いえ、アルザック殿の言うことに間違いはありません。騎士たる者。こんなところで涙を流す、等言語道断です。これだから女は駄目だと言われてしまうんです。今の涙は無かった事として下さい」
アイリスがこちらを真っ直ぐと見つめている。
年の頃は恐らく二十歳にならないであろう。少し緑がかった三つ編みの金髪をしており、凛々しく開いた瞳は翡翠の様な緑色の光を放っている。身に纏ったサーコートは所々刃により切り裂かれ、手甲は数多の刀傷を帯びている。
不意に若い騎士達に視線を移す。彼等にも数多の刀傷はある。しかし、彼女に刻まれた傷は彼等より明らかに多い。
恐らく、妹を守る為に受けた傷だろう。一目で彼女が恩人で有ることは察しがつく。だから、そう言った態度を取ったつもりだったんだが、逆効果だったのか泣かしてしまった。
「姫様は陛下に提言をした後、軟禁状態にされました。それでも姫様は幾度も貴族院の行う圧政に対し提言をされておりました。しかし、それも虚しく陛下は聞く耳を持たず、挙げ句の果てにはその拳で姫様に暴力を振るう始末…… あまりにも可哀想です。あれでは姫様は…… あのような有り様、とても、とても見るに耐えない有り様でした……」
冷静な声色だが、アイリスが自らの胸を抑え苦しそうな表情を浮かべながら語る。
そして、遂に何かが壊れたのか声を震わしながら吐き出すように言葉を放った。
「陛下はおかしくなってしまわれた…… あの方はもう、私達の知っている陛下ではなくなってしまった……」