転生王子8
あの一件以来、何度かの夜を過ごし、馬車道を歩き続けた。食べ物は余り食べる気にもならなかった。野宿の度に火を起こし、水を煮沸し、その水を飲み。そこら辺の草の根を茹でて齧る程度で飢えは凌げた。
そんな数日を過ごしたある日、目の前に大きな城と広大な街が姿を現した。
街を大きな石壁で覆った城塞都市になっており。その中央には石を積み重ねて作られた大きな城が建っている。
アレはゲームでも見たことがある。間違いなく、レイムロック城だ。思ったよりも、実家の近くにいたんだな……
だが、それはそれでどうしたものか……
このままの格好では素性がバレてしまうのでないだろうか……
ゲームの内容を思い出せ。
確か…… そう確か、バレる……
この門を守る衛兵隊の隊長がルクスの顔見知りなんだ。だから、確か一瞬でバレる……
くそ…… どうするか…… 違う街を探すか? 流石にまた野宿を繰り返すのは体力的にキツいぞ……
さて、どうするか……
変装でもするか?
それとも隠し通路を使うか?
隠し通路が有るには有るんだが、正確な場所がわからないんだよな…… いや、隠し通路しかないな。今後使うかもしれないしな。
て言うか、ストーリーの終盤に主人公達を隠し通路に案内しなくちゃならんのよな。となると、知っとく必要が有るんだよな……
ただ、王族しか知らない隠し通路なんだが。王族が既に『死の聖歌隊』に乗っ取られてると待ち伏せされる可能性もあるんだよな。ストーリーだと、それで敵との戦闘になるんだよな……
だが、まあ、背に腹はかえられぬ。一度下見も兼ねて隠し通路に潜るべきだろう。
確か、この近くにある大岩の下に隠し通路への入り口がある筈だったが……
小一時間、辺りを幾つかの大岩を調べていると、やっとこさお目当ての大岩を見つけることが出来た。
大岩には幾つかの岩が重なっており、いくつかの岩をどけると地面から隠し扉が現れた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
岩を元に戻し、隠し通路へと身体を滑り込ませ、錆び付いた梯子に手を掛ける。カビ臭いが下から込み上げてくる。
思わず、むせ返りそうになったがそれを押さえ込み、下へと降り立った。
「よっと!」
降りると同時に湿った足音が通路内に響いた。
俺は取り敢えず、通路を注意深く観察してみた。どうやら、通路自体は長く石壁で覆われており。天井からは時折水滴が垂れ。床はほのかに湿っているのか歩く度に湿った足音を響かせている。
念の為に剣を抜き、注意深く奥へと歩みを進めて行く。
時折、ネズミの鳴く音やコウモリの羽ばたく音が通路内に響くが、人の気配と言う物は感じられない。
「もしや、ここはまだマークされてないのか?……」
そう思い、警戒を解こうとした瞬間。遠くから甲高い金属音が響いた。
鍛え上げられた金属と金属がぶつかり合う音。剣撃を繰り返し、切り結ぶ音がこちらに届いてくる。
誰かが戦っている……
どうする、行くか……
それとも、逃げるか……
その瞬間、脳裏にこの手で殺した盗賊達の顔が浮かび上がり、罪悪感と恐怖と吐き気が腹の奥からせり上がって来た。
「くっ……!!」
思わず、口を押さえ喉元から飛び出そうとする物を必死に押さえ込む。
「はあッ…… はあッ……」
鼓動が高鳴り、呼吸が思うように出来ない。胸が苦しい。今すぐこの場に倒れ混んでしまいたい。逃げてしまいたい。
その時、再び甲高い金属音が響いた。しかも、それは先程よりも近く、今しがた戦っている人達の声すら聞こえる程だった。
あまりの恐ろしさに足が震える。もしかしたら死ぬかもしれない。そう思うと足がすくんで動けない。もしかしたら、俺のせいで誰かが死んでしまうかましれない。そう考えると恐ろしくて逃げ出せない。
なんて、情けないんだ俺は……
逃げることも、戦うことも出来ないなんて……
「姫様をお守りしろッ!!」
不意に聞こえた声に頭が真っ白になる。
姫、それはきっとこの肉体の妹のことである。この世界に来て、この肉体に意識を宿した日に夢に出てきた少女。きっと、彼女がルクスの妹、姫なのだ。
その瞬間、脳裏に花の冠を嬉しそうに頭に乗せている彼女の姿が浮かび上がる。
そして、気づけばそれと同時に俺は駆け出していた。




