転生王子1
それは突然の出来事だった。
揺れる電車。戸惑う乗客達。突如、目眩を起こしたかの様にひるがえる視界。
地下鉄であるにも関わらず、さらなる地の底から揺れるような地響きと共にこの世の全ての物が揺れ、視界に写る世界を崩壊させていく。
ま、まずい…… と、とにかく。速く、速く、ここから逃げなくては……
そう思った矢先、これでもかと言う勢いで俺の足はもつれ、車内の床に顔面から倒れ込んでしまった。
恥ずかしきことに最近よく転ぶようになった。二十代の時はいざ知らず。三十代の時もヒヤッとする時はあろうと、よっと体勢を立て直すことの出来る体幹を誇っていた。
しかし、悲しきかな年には勝てない。四十になると本当によく転ぶようになった。自分の足に突っ掛かるなんて日常茶飯事。それが原因で転ぶなんてこと一週間の内に何度もある程だ。しかし……
ここで、それが起きるか……
ほっぺを電車の床に擦り付ける俺を他所に、逃げ惑う乗客達の靴が目の前を過ぎ去っていく。
まるでタップダンスでも踊ってるのかと思う程の速さで革靴達が床を踏みつける。その迫り来る革靴の軍勢に恐怖を覚え、俺は直ぐに立ち上がろうと状態を起こそうとこころみた。
しかし、次から次へと後方から押し寄せる軍勢は日頃の通勤ラッシュとは比較にもならない馬力で俺の背中を吹き飛ばし、俺の顔面を再び車内の床に叩き付けた。
死ぬ、死ぬ、死ぬ!!
これ死ぬって!!
心の中で叫び。叫びながらもわずかに残った知性を頼りにし、頭部を守るため亀のように丸まる。そして、恐怖が過ぎ去るのを背を丸めて待った。
暴れ牛が耳元で暴れまわるような恐怖の音は数秒の後になんとか通り過ぎた。
正直、数秒とは言ったものの俺には数分にも思えるような動乱の時間だった。
おそるおそる顔をあげて、車内の外を見ると先程まで俺にタップダンスを御見舞いしていたで乗客達の最後尾が見えた。
それに誘われるように俺は車内を転がるようにして飛び出した。
その瞬間、再び大きな揺れに襲われた。
その揺れはまるで眩暈にも似ていて、ゆっくりと大きく揺れては俺の身体を前後に揺らした。
俺は思わずその揺れに屈して、自分の膝をホームに下ろした。
その瞬間、頭上で何かが崩れる音がした。
そして、それと同時にひざの上に数粒の砂粒が落ちてきた。
え!?
おそるおそる頭上を見上げると、目の前には今まさにこちらに落ちてこようとしている巨大な瓦礫が視界に写った。
地下鉄の天井、白い白いタイルのような物体。それが今はまさに自分の身体を潰そうとしている。
死んでしまう、と心の中で叫ぶ。
しかし、直ぐに逃げなければならないのに身体は動かない。助からないと悟っているのだろうか。俺の身体はすでに逃げることを諦め、ただ白いタイルを見つめていた。
そして、それに潰される瞬間に頭を過ったのは……
不味い、次の集会の送迎バスの予約取ってないんだ……
死ぬ間際にこんなことを思うなんて……
なんて、しょうもない人生だったのだろうか……
そう思うと同時に俺の視界を瓦礫が埋め尽くした……




