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第12話 その背中に何を背負おうとも

 背後から鐘の音が響いた。

 

 遥か遠くまでその音を轟かせるであろう透き通る様な美しい音色が辺りに響く。

 俺は海から視線を外すと、今まで背を向けていた教会を初めて真っ向から見定めた。


 石造りの壁は変わらないが高く敷き詰められた石壁達は形を造りに一つの城の様な形を取っている様に見える。


 そう、その形は教会と言うより、城に近い様に見える。


 今、俺が立っている城壁もとても高い所にある様に思える。

 まるで何かからの侵入を防ぐかのように……


「教会と言うより、城…… いや、要塞ですね」


 思わずそう口にしてしまう。

 俺のその言葉にアルベルトが唖然とした表情を浮かべている。


 その時になって初めて気がついた。


 アルベルトはこの景色が好きだと言って俺をここまで連れてきたくれた。それは恐らく彼の優しさや気遣いであったろうに……

 今の俺の言葉はそれを間違いなく無下にする様な言葉であったに違いない。


 階段で手を取らないとか、そう言うのは正直どうでも良いが、これは余りにも良くない。これでは、この身体の元の持ち主とやっていることは同じではないか……


「す、すいません。つい口が滑ってしまいました!」

「良いんですよ。本当の事ですし……」


 そう言うと彼は少し悲しそうな笑顔を浮かべて俺の顔を見た。


 その時、俺は初めて彼と対峙した気分になった。恐らく、彼、アルベルトと言う人間は常日頃から“騎士アルベルト”と言う仮面を被り“アルベルト”と言う人間を演じているのだろう。


 恐らく、王子様の様な表情も立ち振舞いもその延長線でしか無いのかもしれない……


「見抜かれたなら、ついでに白状しますと教会の地下には幾百もの大砲に砲弾、爆薬の類いが保管されています」


 その言葉に俺は思わず目を丸くしてしまう。


 幾百、それはとんでもない。今すぐにでも戦争をおっ始めれるんじゃないか? と言うより、おっ始めるつもりなのか?


「教会とは名ばかり。ここは立派な要塞なんですよ。僕達、騎士も実際は名ばかりの物。本当は教会御抱えの軍隊の様な物なんです」

「宗教の力で死後の世界では報われる信じる狂信者の軍隊って所ですか」


 俺がそう言うとアルベルトは力無く頷いて見せた。そして、暫くの間の沈黙の後に「さあ、冷えますし。そろそろ帰りますか」と小さく呟くように俺に話した。


 その顔は酷く悲しげで弱々しく見えてしまった。


 思わず、アルベルトと言う青年の事がわからなくなる。


「少し聞きたい事があるんです」


 俺のその問いかけに、下へと続く階段に足を掛けていたアルベルトが不思議そうな表情を返す。


「アルベルトさん。貴方は何故この景色を私に見せようと思ったんですか?」

「それは僕がここからの景色を見せたかったんです」


 そう言うとアルベルトが眼前に広がり今もなお輝く海と眼下に広がる町並みを順番に見る。その瞳に嘘偽りは無い様に思える。なら……


「それなら、その背後にそびえる教会の景色はどうなんですか? これも私に見せるつもりだったんですか?」

「ええ、見せるつもりではありました。ですが、まさか貴女がそこまで勘が鋭いとは思いませんでした……」


 そう言うとアルベルトは階段を降り様とこちらに背を向けた。その後ろ姿は何処か悲しさを帯びている様に感じる。


 恐らく、彼は根っからの騎士なのだろう……


 人を守りたいし、平和を守るためにその身を犠牲に出来る人間なのだろう。

 それだけに、自らの背後にそびえる教会が何よりも平和を脅かし、人を殺める可能性を秘めていると言う矛盾に心を悩ませているのだろう……


「皮肉な物ですね。何かを守る為に何かを傷つける力を手に入れなければならないとは……」

「……驚いた、貴女は本当に何者になってしまったんですか?」


 そう言うと、彼は俺を見て酷く悲しげな笑みを浮かべた……

 その姿に先程までの王子様の様な面影は一切ない……

 それも酷く虚しくて切なく思えた……


「私自身、自分が何になってしまったかわからないんです」


 思わず本音が口から漏れる。

 そして、更に自然と言葉が漏れて行ってしまう……


「貴方のそのあり方は決して間違ってないと思います。綺麗事ばかり言って穢れる事を好としない偽善者より。穢れを知って尚、気高く在ろうとする姿勢は何よりも美しい。少なくとも、私は思います……」


 自分で言ってて、何を恥ずかしい事を言ってるんだと思える様な言葉が自分の口から飛び出す。

 でも、どうしてもそう言わずにはいられない。


 何が俺をそうさせるのかわからないが、彼のその在り方は何よりも尊く気高い姿勢には胸を打つ何かを感じさせられる。


 恐らく、誰にも誉められる事も無く。一人でその道を貫いてきた事だろう。その痛々しいまでに気高く強い精神を労わずにはいられない……


 何故だか、そんな気持ちにさせられる……

 本当に俺は何になってしまったのだろう……


 俺の言葉に何を思ったから知らんがアルベルトは足を止め、こちらに振り返ろうとしている。


 取り敢えず、俺は恥ずかしいので急いでそっぽを向く。


「そうでした、忘れていましたよ、俺はこの眼前に広がる平和を守る為ならば、その背後に如何なる物があろうとも背負うと決め、騎士になったんでした……」


 そっぽを向いているので良くわからないが、アルベルトの声色には若干の元気が戻っているように思える。

 そして、俺はと言うと恥ずかしくて顔真っ赤になっているのだった。

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